俺が一つの仮定を確信に変えたのは、高校一年の文化祭の日だった。

 「あれ、名前午前中からやってね?」

 文化祭当日。焼きそば屋台をすることになった俺たちのクラスは、シフトを午前と午後に分けた。名前も土方も午前なのに一人午後に割り当てられた俺は、午前中適当な時間に登校し、適当に構内を冷やかしたあと、午前シフトの連中と交代をした。エプロンとクラスお揃いのバンダナを着けてから屋台に出ると、午前中に俺が冷やかしに来た時にいた名前がそのままの持ち場にいた。

「うん、でもなんか頼まれちゃって」

 どうやらこの忙しさのせいか人出が足りず、またこのタイミングで慣れた名前に抜けられるのは効率が落ちるのだろう。屋台の外を見ると列がかなり長いことできていた。

「トシまで巻き込んじゃってごめん」
「ああ、こいつはただマヨネーズをかけ続けるという天職に巡り会えたんだから気にすんな」
「あ? そもそもお前ェだけなに午前中ちゃっかり遊んでんだよ」
「遊んでませんー偵察ですー」
「おお、さらに盛り上がってますねぇ」

 背後から現れた先生に、俺と土方の言い合いもひとまず落ち着く。「頑張ってますね」と一人一人に声をかけていく。

「おい、名前。隣の鉄板使わねぇの?」
「ああ、なんかそれ火力の調節が難しくて。焦がしちゃうから使うのやめたの」

 ああ、だからあんなに列が出来て、こんなに忙しないのに捌けずにいるのか。

「ぎ、銀時危ないよ!」
「お? なんだ結構使えんじゃん。ほら、油とか貸せ」

 多少火力が強いが、出来ないことはない。名前を見るといまだ心配そうな顔をしていて、無言で笑って見せると、仕方が無いという風に笑った。俺の方が軌道に乗りはじめ、途端に捌ける列に、焼きそばの方が早く買えるという口コミが広がり忙しさが増す。

「あっちー名前暑くねぇの?」
「もちろん暑いよー」

 九月とはいえまだまだ昼過ぎは陽射しも強く、屋台テントの下は鉄板の暑さも加え凄い熱気になっていた。そんな中、一番暑い鉄板で焼きそばを焼く係を一日中していた名前は頬を赤くして笑っていた。隣で女子がそんなになっているわけだから、俺は俺で手を抜くわけにもいかず俄然やる気をだす。

「わ、トシの周り凄い」
「んのやろ」

 パックに詰められた焼きそばにマヨネーズをかけるか否か聞いてかけるという仕事を、最初冗談でクラスの奴らが客寄せだからなどと言われやっていた土方の周りには、女子の先輩や他クラスの女子がひしめいていた。なんて羨ましいんだ土方の野郎。

「名前ちゃん朝からずっと疲れたでしょう? 私が代わるわ」
「え! あ、だだ大丈夫だよお妙ちゃん!」
「そそそ、そうだぞ志村! お前は客寄せのが向いてる!」
「う、うん! お妙ちゃん綺麗だから呼び込みとか案内とか、お客さんほっとかないよ!」
「そ、そう? なんか照れるわ。でもそんなに言われたら、ねえ。でも、辛くなったらスグ言うのよ? いいわね?」
「は、はーい……」

 上機嫌で呼び込みに戻る志村の後ろ姿を見て、名前と顔を見合わせてホッと一息つく。
 名前曰く、文化祭前の準備で一度家庭科室で試作を作った際、志村の作ったものだけ謎の暗黒物質と書いてダークマターに変わっていたらしい。そんな話を聞かされた以上、志村に食材を触らせる場所を任せることは何としてでも阻止しなくてはならなかった。

「ふぃー」
「あー疲れたねぇ」
「おー」

 一日目にあの難解な鉄板を使いこなしてしまったため、俺は二日目も一日中焼きそばを焼き続けるハメになった。ついでというわけではないが、鉄板はあの二人だよね的な雰囲気もあり、隣では常に名前がせわしなくヘラを動かしていた。土方もまた言わずもがな。
 途中で総悟が友達の山……山下か山吉だったかを連れて遊びに来てクラスの女子に猫可愛がりされたり、用務員のマダオが焼きそばたかりに来たり、中学の頃の連中が騒いでったり、名前のバイト先の車椅子に乗ったオーナーとその子供と、バイトらしい金髪の女が来て名前にちょっかいを出したりといろいろあった。そんな怒涛の二日間はキツかったのは勿論だが、あっという間にも思え、全て完売の知らせを聞いた時は皆で喜んだが、こうして後片付けをしている今、一抹の寂しさを感じなくもない。野郎連中で鉄板やらガス台やらを運び終え戻ってくると、名前や志村がテントがあった場所の地面を掃除していた。

「皆さんお疲れ様でした。凄い盛況でしたね。そこかしこで焼きそば食べてる人を見るたびに、うちの生徒が作ったんですよって言いたくなっちゃいました」

 早速親バカならぬ、生徒バカを発揮する先生に、クラスからはそれ同様の声が飛んだ。名前はニコニコ笑って先生を見ていて、土方もまたニコニコとまではいかないが柔らかな表情をしている。先生の挨拶も終わり、実行委員が打ち上げは明日の夜だと告げ、解散となった。
 次々と帰っていく中、俺と名前と土方の三人は、暫くそこに座ったままボーッと赤く沈みそうな夕陽を見ていた。離れたところから、三年生の泣き声が聞こえる。

「終わっちゃったねぇ」
「また来年もあんだろ」
「楽しかったなぁ」
「なんだかんだ、な」
「疲れたけどな」

 俺も、そして二人も、以前ここに来た時のことを、思い出したのだろう。あの時は学校見学とは名ばかりで、名前の姉ちゃんに会いに遊びに来たようなものだった。名前の姉ちゃんは、勿論屋台で鉄板扱うような人ではなく、教室を使った和装喫茶なるもののウェイトレスをしていた。気立てが良くて美人で、あの時の和服は本当によく似合っていた。

「ひゃ!」
「うお!」
「うわ!」

 急に首筋にヒンヤリしたものがあたった感覚に、つい背筋が伸びる。振り向くと、三本の缶ジュースを持った先生がいた。

「びっくりしたぁー」
「なんだよ脅かすなよ」
「冷たかったー」
「三人ともとくに、お疲れ様です」

 俺たちに一つづつ缶ジュースを手渡した先生は、「後で撮ったビデオ見ましょうね」と笑った。お礼を言ってから三人とも図らずも同じタイミングで缶ジュースを口にする。思えば屋台を終えてすぐ片付けだなんだのと忙しく、その時のジュースは疲れた身体に染み渡っていった。

「うわ、前髪ベタベタ!」
「うお! なんか俺の髪も凄いことなってる!」

 鉄板の湯気や油でゴワゴワした手触りになった俺の髪を触って、名前も土方も先生までも大爆笑する。

「本当にわたあめみたいになっちゃったね」
「うるせー」
「ああ、楽しかったですね。文化祭」
「なんか先生が一番楽しそうだな」
「へんなの」
「ふふ、そりゃあ楽しいですよ」

 ニコニコと笑う先生の髪の毛に夕陽が透けてキラキラと光っていた。この二日間の見たことを話す先生はとても楽しそうで、俺たちも気がつけばたくさんのことを話していた。夕日も沈みかけた頃、先生の「もう遅いですし帰りましょうか」の一言で俺も土方も立ち上がる。名前が、立ち上がろうとして一旦座った。

「ん? どうした?」
「あ、そういえば私沖田さんに用事があるんでした。二人は先に帰っていてください」

 さあさあ、と背中を押す先生に促され俺と土方は腑に落ちないまま、先生と名前に別れの挨拶をして帰った。
 その時二人の方を振り返ると、夕陽のように真っ赤に頬を染め、いつもとは違う顔で先生を見る名前の姿に、俺の今まで薄ぼんやりと感じていた仮定が、確信に変わった。
 名前は、先生が好きだ。
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