高杉君の看病をして思った事は、高杉君は女の人に困っている様子はなかったのに、そういう時には頼らないのだろうかということだった。話に聞く限りでは高杉君はかなりモテるらしい。それはなんとなくわかる。この年代の子はああいった少し悪い感じの男の子を好きになってしまいがちだ。ならば看病をしたいと言ってくる子も沢山いるだろうに。
 ただそこまで考えて、高杉君は私との取り引きを思い出し、都合が良くて面白いからと連絡をよこしただけではないかと思い直す。何故性急に結論を出したのかと言えば、自分の授業の時間が迫っていることに気づいたからだ。

「気をつけー、礼」

 チャイムギリギリでZ組の教室に入る。例の如く騒がしいが、それにももう慣れつつある。新八君の号令で多少はその喧騒も収まり授業は始まった。出席を確認するために座席表を確かめながら教室を見渡すと、高杉君の姿はなかった。もしかしたら、まだ治っていないのかもしれない。お節介かもしれないけれど、空き時間に高杉君の家まで見に行ってみようかな。
 皆に教科書の例文を読んでもらっている間、黒板の端に新出単語とその意味を書く。思い出してしまうのは、この方法を使っていた先生の教壇に立つ姿だった。
 山崎君が例文の最後の一行を読み上げた頃、教室後方のドアが開いた。そしてそこには、気怠げに教室に足を踏み入れる高杉君の姿があった。見た感じ顔色も良く動きも不自然なところもないので、体調が良くなったのだと一安心する。

「おはよう、高杉君」
「……ん」

 けして大きな声ではなかったのに、高杉君の短い返事はちゃんと聞こえた。声質だろうか。どっかりと自分の席に腰を下ろした高杉君は無表情で私の方を見ていた。そして隣の山崎君は驚いたような表情を浮かべている。ちなみに総ちゃんは面白くなさそうな顔をしていた。

「気をつけー、礼」

 まばらな「ありがとうございました」に、次々と立ち上がり出す生徒たち。

「すみません、沖田先生。ここの部分少しわからなくて」

 教科書を持って教壇まできたのは山崎君だった。こうして授業後に質問に来る生徒が他クラスにおいても最近は増えてきて、なんだか頼られているような教師らしさを嬉しく思う。

「……なんだけど、もし時間があれば放課後英語科準備室に来てくれたらもう少し詳しく教えるよ」
「え、いいんですか?」
「コーヒーくらいしか出せないけど、それでよかったら」
「十分すぎます!」

 丁寧にお礼を言ってわからないことがあったら行くと言った山崎君は、ふと、何かを思い出したような顔をして、それから少し小声になった。まるで他の人に聞かれては困るとでも言うように。

「先生、高杉君と仲良いんですか?」
「え? いや、んーどうなんだろう」
「高杉君が挨拶されて返事するなんて凄いんですよ。ましてや先生相手なんて」

 ありがとうございます、と言ってから自分の席へ戻ってゆく山崎君の後ろ姿を見る。お礼なんて山崎君が言うことではないのに、という微笑ましさと、きっと私と高杉君は山崎君が思ってくれているような素敵な教師と生徒の間柄ではなく、ただ弱みを握られているだけだという部分に若干のうしろめたさを感じた。


「そんなもの吸ってたら、また風邪ひくよ」
「……ガキか」

 昼休みに準備室を訪れた生徒の相手をしていたらすっかり昼食をとることを忘れていた。折角だからとお弁当を抱えて体育館裏にくると、そこには紫煙を燻らせる先客の姿があった。

「お昼食べた?」
「ん」

 その短い言葉の意味が煙草が昼食だということにどうして気がついたのか。理由はないが直感的に、そう思った。

「お腹空かないの?」
「そしたら帰る」
「成長止まっちゃうよ」
「うるせェ、もう止まってら」

 朝、総ちゃんの分と一緒に作ったお弁当のおかずを半分ずつ蓋に移す。二つあるおにぎりのうちの一つと、そのおかずがのった蓋を差し出すと、高杉君は片目を少し見開いた。

「なんだよ」
「あげる」
「いらねーよ」
「いいから、食べなさい」

 強引にその膝の上に置くと、高杉君は渋々といった顔をして短くなった煙草を踏みつけた。
 そして剣の形をした赤いピックで卵焼きを刺し、それを口に運ぶ。

「……なんだよ」
「美味しいでしょ」
「自分で言うか、普通」

 笑った後も高杉君は食べ続け、その様子を暫く見てから私も自分の分に手をつける。

「いい天気だね」

 小さい水筒に入れた暖かいお茶を高杉君に渡すと、今度はすんなりと受け取ってくれた。ズズッとお茶を啜る音が聞こえる。暖かい春過ぎの陽気に、私達の周りの空気や時間さえもゆっくりと流れて行くような気がした。

「ん」
「もうすぐ夏かぁ」

 高杉君から水筒のコップを受け取る。そしてそれに、今度は自分の分のお茶を注ぐ。

「私は夏ギリギリまではあったかいものを飲む派なんだよね」
「弁当、美味かった」
「……それは良かった」

 晩春の生ぬるい風が、梅雨の季節がもうすぐだと伝えているような、そんな昼下がりだった。
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