家についてから先生の肩を見るとかなり濡れてしまっていて、深く考えずとも私を気遣って傘下面積の半分以上を私に譲っていたのだということが分かった。申し訳なさから急いでバスタオルを渡して謝ると、先生もまた申し訳なさそうにすみません、といってバスタオルを受け取ってくれた。

「今から作るので、暫く寛いでいてください」

 先生をリビングに通すと、渡したバスタオルで総ちゃんの手足の多少濡れた部分を拭いていた。その間珍しくも総ちゃんは抵抗も憎まれ口を叩くこともせず、ただ照れくさそうな表情でされるがままになっていた。
 ミートソースから作るといってもさほど時間がかからないのがパスタのいいところだ。今の時間は六時すぎだから、七時前には食卓に並べることができる。まず最初に玉ねぎのみじんぎりから、と目に涙を浮かべていると、背後に気配を感じ思わず振り返る。

「ど、どうしたんですか」
「いえ、何かお手伝いできることはないかと思いまして」

 涙目ですよ、と言った先生は私の目元をハンカチで抑えた。

「これだけはなんか、慣れなくて……。
でももう終わりますし、大丈夫ですから先生は座ってテレビでも見ててください」

 それでも尚申し訳なさそうな顔をして立っている先生。でも本当に頼むことなんてない上に、恩返しという観点からも手伝ってもらうわけにはいかないのだ。

「じゃ、じゃあ総ちゃんの宿題みてもらえますか」

 丁度二階から宿題のセットをもって降りてきた総ちゃんに目を向ける。

「そういうことでしたら」

 一緒に宿題させてください、と総ちゃんにまで敬語を使う先生。その柔らかな雰囲気のせいだろうか、総ちゃんは嫌な顔一つせずいいですぜ、と言ってローテーブルに宿題を広げた。なんだか本当のお父さんみたいだ。となると、さしずめ私はお母さんで……そこまで考えて自分で恥ずかしくなる。なんて妄想をしているんだ私は。耳まで赤くなった顔を先生に見られないように、私は一心不乱に玉ねぎを細かくした。

「できたよー」

 スパゲッティミートソースと簡単なサラダとスープ。こんなことになるならもっと気合を入れたものにしたらよかったと少し後悔をした。しかし出来上がって並べられたそれらを見た先生は顔を綻ばせた。

「本当に沖田さんは凄いですね、きっといいお嫁さんになれますよ」

 優しく頭を撫でられて、急なこともあってどうにも顔に熱が集まってしまう。食べ始めてからも味や見た目をべた褒めしてくる先生に、どうもいたたまれないほどの恥ずかしさが込み上げる。これでは私がお礼をされているようなものだ。

「総悟くんはいいですね、こんな素敵なお姉さんがいて」
「そんなこと言っても名前はあげねェですぜ」
「こ、こら総ちゃん!」

 その後も、どうやら宿題の件ですっかり打ち解けたらしい総ちゃんは、学校での出来事なんかを先生に色々と話していた。総ちゃんがこれだけのコンタクトで相手に気を許すなんてこと今までなかったから更に驚いてしまう。お父さんとお母さんが再婚した当初、暫く私にも懐いてくれなかったことを思い出し懐かしくなる。
 それにしても、先生は誰からでも好かれるのだなあと感心してしまう。
 食後に先生と私にコーヒー、総ちゃんにココアを入れた。時計を見ると八時を過ぎていて楽しい時間は過ぎるのが早いということを再認識させられる。

「もうすぐ文化祭ですね」
「もうそんな季節ですか。実は昔銀高の文化祭にきたことあるんです」
「高校見学も兼ねて、ですか?」
「いえ、ミツ……姉が銀高で、誘われて銀時とトシと見に行ったんです。そしたら中学のそれとは比較にならないくらい楽しそうで。銀高って行事が盛んじゃないですか。それもあって私たち銀高に行きたいって思ったんです。」

 だから実はすごい楽しみなんです。と言うと、先生はまた穏やかな笑みを浮かべてそうでしたか、と言った。なんてことはない会話なのに、先生とだとどうしてこうも気持ちが安らぐのか。先生の雰囲気に、もっといろいろなことを聞いてほしいと思ってしまう。

「あ、もうこんな時間ですか」

 時計の針は九時を指しており、先生は慌てて帰り支度を始めた。肩の部分はすっかり乾いているようで安心する。もっといてくれてもいいのに、という思いはあるがこれ以上引き留めてしまってはきっと先生に迷惑だ。

「それではお邪魔しました。美味しいご飯をありがとうございました」

 にっこり笑った先生に、総ちゃんもじゃあな、と手を振った。

「あ、あの!」

 玄関で靴を履いている先生に、つい言葉をかけてしまった。この衝動は先ほどの本屋の前の時と同じだ。

「よかったら、また来てください! 二人分も三人分も変わらないし、先生が良ければ、また来てください」

 言い終えると靴を履き終えた先生は背筋を伸ばして立っていた。そして、私の言葉に目を細めて笑って冗談めかして言った。

「そんなこと言われたら、毎日来ちゃいますよ」
「全然大丈夫です! むしろ、嬉しいです」

 私の言葉に驚いたのか、目を少し大きくした先生はしかしすぐにいつもの笑顔に戻っていた。

「ありがとうございます。それでは、またお邪魔させていただきますね」

 そういって雨の止んだドアの外へといってしまった。そしてそれから週に一度あるかないかほどのペースで、先生は毎回何かしらのお土産を持って夕飯を食べにくるようになったのだった。
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