暖かい春の陽気が、なんともいえない気持ちよさをつくり出していた。学校までの並木道には桜の木が並んでいて、見事にピンクの花を咲かせている。しかし、今の俺にはそれを肌で感じる余裕も、ゆっくりと見る余裕も無い。時刻は八時半。生徒の登校時間すら過ぎていた。
 それでも、猛スピードで原チャリをとばす俺の脳裏にふと、何年も前の思い出が蘇る。そう、ここの桜をみると毎年こうなるんだ。別に嫌な思い出じゃない。だけど、青春という言葉で片付けるにしては、ちょっと重すぎるそれを。そこまで考えて、去年遅刻しすぎて減給されたことを思い出す。懐かしい思い出を必死に振り払って、職員室までの道を全速力で走った。

「坂田くんまた遅刻かね」

 新学期になって早々怒られるなんてマジついてねーなあ、と小言を漏らせばマジお前給料カットすっかんな、と猥褻物をぶら下げる校長に脅された。イライラに身を任せて今年度初の猥褻物千切りをすると、職員室にいつものように額から鮮血を流す校長の悲鳴が響き渡った。
 いくらグロテスクな光景とはいえ、これも毎年の恒例行事だ。それでこの後に今年から赴任する先生が紹介される。今年は可愛い新任の女の子とかだといいのに……と甘い考えを巡らせていると、今年から赴任する先生はこちらへ、と教頭の声。かなりの期待をこめた視線を職員室前方の扉に送っていると、その期待は次の瞬間に脆くも崩れ落ちた。

「ちょ、嘘だろ……」

 一番に入ってきたのが、なんの偶然か昔からの知り合いの土方。なんだよこれただの悲劇じゃねーかと混乱する頭を抱えていると、次の瞬間また大きな爆弾を投下されたように俺の心臓は荒波をたてた。

「え、名前!?」

 次に出てきたのは中学時代からの同級生の名前。二人して慌てる俺を見て紹介している教頭にばれないようにくすくすと笑っている。うわーむかつく。
 それよりなんだよこれ単なる偶然にしてはできすぎていると混乱する頭を抱えて、その後続く何人かの赴任してきた先生たちを見ることも、自己紹介を聞くこともままらないまま俺の新学期は始まりを告げた。

「なんでなんでなんで!? なんで二人してここ? あと決まってたならなんか言えよ!」
「ごめんごめん銀時、驚かしてやろうと思って」
「全く悪びれる様子もないのね」
「にしても相変わらずだなお前は」
「新学期早々遅刻なんてね」
「うるせー、人間そう簡単に変われねーんだよ」

 懐かしい。そりゃたまに連絡だって取り合っていたけれど、でもあの時に比べたらそりゃ全然で、毎日のように会ってたあの頃を思い出すと、今のこんな現状が少し懐かしく思えた。
 社会人になってまで遅刻してんじゃねーよ、と土方の一言に名前までがそれじゃお給料カットされても仕方ないねーなんて笑った。お前等朝の話聞いてたのかよ!の俺の突っ込みに、二人は見合ってから笑い始めた。なんだこいつらまじムカつくんですけど。

「三人そろって母校で働くなんてな」
「赴任先決まった時は吃驚しちゃった」
「でもまあ、」

 それも悪くない、と三人揃ってしまったことにお互いを見合って笑い出す。
 なんかこれ昔に戻ったみたいだな、という俺の言葉に二人はまた笑みを浮かべる。今朝あの並木道を走っていた時もそういえばこんなことを思ったっけ。

「ここにくっと、いろいろ思い出すな」
「いろいろ、あったもんね」

 さっきとは打って変わってしんみりとしてしまったこの雰囲気をどうにかしようだなんて思わない。別に居心地が悪くなったわけではなくて、きっと二人も思い出しているんだ。ここであった、本当に本当にたくさんのことを。

「久しぶりに飲みにでもいくか」
「おーたまにはいいこというじゃねーか」
「あーごめん」

 私今日はちょっと……と言葉を濁して申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる名前に、何となく理由を察した。ごめんね、と謝る名前に今度付き合えよ、と笑って言った。
 三人で並んで歩いた廊下は、場所も、人間も同じなのに、それなのに凄く違った気がした。それはきっと、それぞれ皆、たくさんの想いを背負ってしまったからなのだろう。

:)091222
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