「ふぁー」
 校長の長い話の最中、我慢しきれずに大きなあくびをした私を隣の銀時が茶化して笑った。このあくびは先生の補講で出された宿題を、昨晩意地になって夜遅くまでやっていたことが原因だ。銀時を睨みつければ暫くニヤニヤしたあとハッとして、小声で私に「また夜遅くまでバイトしてたんじゃねえだろうな」と心配そうな顔をして聞くものだから、あまりの自分の信用のなさに呆れてしまった。
 思えば以前の不規則な生活をしていたころと比べたら随分と健康的な生活をしている。それもこれも銀時とトシとお妙ちゃんと先生のおかげだ。いくら感謝の意を伝えても足りないくらいだ。

「お前、夏休みはどうすんだ?」
「んー結婚式場のバイトは続けてるからそれと……あとは総ちゃんとのんびりするかな」
「また変なバイト増やすなよ」
「流石にもう馬鹿なことはしません」

 終業式が終わり、体育館から教室へと向かう途中。茶化したふりをして釘をさす銀時に、本心から「反省してます」と頭を下げた。「おうおう面をあげい!」とふざけて調子に乗り出した銀時を軽くはたいて教室の扉をあける。
 明日から夏休みが始まる。お父さんとお母さんとミツバちゃんがいない、初めての夏休み。

 「……以上です。それでは皆さん、ハメを外しすぎないように、そして怪我などにはくれぐれも注意して夏休みを満喫してください」

 先生の挨拶も終わり、学級委員の号令で我がクラスは一学期が終了した。皆が各々好きなように動き出したころ、私も銀時とトシと一緒に帰ろうと荷物をまとめ、教室を後にする。
 眩しい太陽がさんさんと照りつける中、私たち三人は通い慣れた道を踏みしめる。

「なあ、名前」

 私と銀時のくだらない話を遮ったのはトシだった。私は急にどうしたのだろうと、彼をのほうを見つめる。

「夏休みさ、どっかいかねーか? 三人で」

 トシの言葉に銀時も頷く。どうやら二人で話し合ったことのようだ。

「行きたい……のは山々だけど、やっぱり総ちゃんを一人にさせるのはなるべく少なくしたくて……」

 バイト以外で家をあけるのは極力避けたい。少し前までのことを思い出すと、やはり総ちゃんへの申し訳なさで胸がいっぱいになる。今後はできるだけ側にいてあげたい。ましてや夏休み。周りの子は家に帰れば誰かしらがいるというのが多いだろう。今まで我が家だってそうだった。たとえ二人だけになったからと言っても、総ちゃんにこれ以上悲しい思いはさせたくないのだ。
 ほんっとにごめんね!と顔の前でパンッと手を合わせて謝ると、二人は目を合わせた。

「まあ、そんなようなことを言われるだろうとは思ってた」
「でも俺たちは諦めねーから」

 私の家までついたところで二人は「何か考えておくから期待して待ってろ!」とだけ言い残して帰っていった。考えておくっていったって……とも思ったが、二人の提案は嬉しいものだったし、これ以上二人の気持ちを踏みにじりたくないので素直に待つことにした。
 玄関のドアに手をかけるとそれは空いていて、これは総ちゃんがもう帰っているということなのだろう。

「ただいまー総ちゃん帰ってるのー?」

 奥からジュウジュウという音とソースのいい香りがしてくる。どういうことか上手く状況が飲み込めずに台所までいくと、そこにはエプロンをつけて小さい体でフライパンの中身を菜箸でかき混ぜる総ちゃんの姿があった。

「そっ総ちゃん!」
「お、おかえりなさい。今日の昼ごはんは俺が作りまさァ」
「つ、作るって……」

 危ないからやめなさい、と言いかけたところで、総ちゃんが口開く。

「俺だって家庭科で包丁の使い方くらい習ってるし、ちょっとくらいならできますぜ。たまには名前に楽して欲しいんでさァ」

 皿に焼きそばを盛り付けながら言った総ちゃんの言葉に思わず目頭が熱くなる。知らない間に大人になったなあとは思っていたけれど、それは私の想像の遥か上をいっていて、少し寂しいとさえ思ってしまう。ませたこと言っちゃって、と茶化すことも出来ずに焼きそばを運んできてくれた総ちゃんの頭を撫でる。

「ありがとね、総ちゃん」
「やめてくだせェ、たいしたことしてないのに」
「ううん、嬉しい。大好き」

:)121010
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