「お先に失礼します」

 電車の窓に映った自分を見て、化粧で人間はこんなにも変われるものなのだと変に感心してしまう。これじゃあ確かに、未成年には見えないかも。水割りを作るのももう慣れたし、その濃度だってお客さんによって違うことも覚えた。だけど、どうしても後ろめたさが勝ってしまって。こんな時、ふと脳裏をよぎるのはミツバちゃんの顔だ。私の正反対で、凄く優しくて綺麗でまっすぐな彼女のことを思い出してしまう。

 家に帰るまでに駅のトイレでこの化粧を落として、身なりもそれ相応に整える。総ちゃんにはあんな顔を見せたくない。
 そして家の前に着いたとき、自分は帰る家を間違えたんじゃないかとさえ思ってしまった。だって…。

「賑やか、すぎない…?」

 恐る恐るドアノブに手をかけると、出掛けに鍵をかけたはずなのに鍵はかかっていなかった。玄関の靴をみてなんとなくわかったような気がしたけれど、もう時間は深夜の二時を回っている。いくら明日が土曜日だからといってこんな時間に、まさか…。

「お帰りなさい、沖田さん」
「おせーぞ名前ー!一緒に人生ゲームやんねー?」
「ちょっと俺また開拓地なんだけどおおお!」

 リビングに着くと、そこには総ちゃんと長谷川さんと銀時とトシ、そして吉田先生の姿。どうやら皆で人生ゲームをやっていたようだけど、その賑やかな光景をみて、あることを思い出してしまう。
 そう、それは私が高校に上がるまえまでの、まだ皆がいたときの…。

「おう総悟ー名前帰ってきたぞー!…って寝てやがんな」
「ったく総悟のせいで散々だったぜ」

 人生ゲームの車を握りしめたままソファで横になる総ちゃんに近づくと、凄く楽しそうな笑顔で胸がぎゅっと苦しくなった。
 総ちゃんのこんな顔、久しぶりに見たかもしれない。
 だけど…

「なんで皆いるの…」
「は?んなもんお前のこと心配して」
「私、頼んでない」
「お前、何言ってんだ」
「頼んでないよ!全部!」

 私がなんで今まで頑張ってきたのかって言ったら、総ちゃんのためと、皆に迷惑をかけたくないからで、それなのにこうして何もなかったみたいにして、ずかずかと勝手に私の深いところにまで押しかけてきて。
 銀時もトシも好きだから、だから迷惑なんて掛けたくなかったし、余計な心配なんて…。

「迷惑かけたくないの!余計な心配もかけたくない!全部私のことだから皆に関係ない!」

 パン、と乾いた音が室内に響いて、一瞬時が止まったかのように静かになった。
 ああまりに突然のことで訳も分からずに、遅れてきた頬の痛みでやっと目の前の吉田先生に叩かれたことを理解する。

「いいかげんにしなさい」

 坂田君も土方君も長谷川さんも、皆あなたと総悟くんを心配してここにきたんです。あなたが何も話してくれないから、頼ってもくれないから、だからこうして実力行使にでたんです。こんなにも自分のことを思ってくれる友人に、あなたはどれだけ失礼なことを言ったのかわかっていますか。

「やめろィ!」
「そっ総ちゃ…」
「名前をいじめるな!」
「総ちゃんっ!」

 小さい体で吉田先生の足を抑える総ちゃんを勢いよく抱き締める。吃驚したような総ちゃんに、ごめんね、ごめんね…と繰り返し呟くと総ちゃんは泣かないでくだせェ、と私を頭を撫でた。

「総悟くんはずっと名前さんの帰りを待っていましたよ」
「そっ、ちゃん…」
「でも偉いですね、お姉さん譲りで一言も弱音なんて吐かないんです」
「…総、ちゃん」

 ダムが決壊したみたいに涙があふれ出て止まらない私の頭を、吉田先生はそっと撫でてくれた。総ちゃんの手と一緒に、優しく。

「少し、肩の力を抜いてください」
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -