「あら、トレンチコートとサングラスがないじゃない」
到着早々のその志村の言葉で、これから尾行をさせられるのだということは容易に想像できた。かく言う志村とて学校帰りの制服のままなのに…と理不尽を口にしようとして志村に口を抑えられる。何事かと思い辺りを見渡すとそこには制服姿ではなく、私服でしかも俺達にいつも見せていたようなものでなくかなり大人っぽいものを身に纏った名前がいた。いつものうっすらメイクも濃い目のばっちりメイクに変わっていて、それは一見しただけでは名前だとは気付けないほどの。
「さあ、行きましょう」
そして志村に言われるがままに志村の分まで150円の切符を買って、名前の乗り込んだ車両とは一つずらして追いかける。
一つ隣の駅で降りた名前を追いかける俺達三人。
志村の誘導が上手いせいか、今の所ばれずに尾行は成功していると言ってもいいくらいだ。
「……あ、おい!」
「静かに。気持ちはわかるけど…」
駅から5分くらいのところだろうか、急に雰囲気のかわった繁華街の一角に名前は入っていった。
あ土方が大声を出してしまうのも仕方のないことで、そこは高級そうな外観ではあるが所謂キャバクラと言える場所。慌てて志村を見ると、場所を変えましょうか、と俺達と目も合わせずに歩きだした。
「5月半ばくらいかしら」
名前ちゃんが凄い寝不足でくまを作って学校にきたことがあったの。
駅の反対側にあったファミレスに入り、とりあえずドリンクバーを頼んだ俺達は言葉を選びながら話す志村の話に耳を傾けていた。
「始めは大丈夫っていってきかなかったんだけど、体育の時間に名前ちゃんやっぱり具合が悪くなっちゃって私が保健室に連れていったの。
そうしたら早退した方がいいってことになって、私が名前ちゃんの荷物を教室から持ってくることになった時にね、名前ちゃんの財布が鞄からでちゃったのよ。
慌てて鞄に戻そうとしたら一枚の名刺がでてきたの」
名刺?と首を傾げる俺に、さっきのお店のよ、と志村が補足をした。
おかしいと思った志村はそれからそこに書いてあった店に行き、名前が働いていることを突き止めたよう。何度か遠回しに辞めるように説得したらしいが、こういう時の名前の受け流しかたというのは俺達だって十二分にわかっている。
心配してくれてありがとう、でもこればっかりは仕方ないんだ。
と、哀しく笑う名前に、志村はどうしようもなくなってこうして俺達に話したと言うわけだ。
「遊ぶ金欲しさとかだったら、張り倒してでも連れて帰ってくるわ。
でも違うじゃない、名前ちゃんは。名前ちゃんだから私はそういうことはしてほしくないの、でも事情を知ってるから…成す術がないのよ」
お妙ちゃんには関係ないって言われてるようで…と斜め下を向いてそう零した志村は手元のコーヒーカップを持ち上げた。
「それにね、」
あのお店、あんまり良い噂がないみたい。
志村のコーヒーカップを持つ手は震えていて、それに反して俺達二人は硬直したように固まっていた。
:)100103