松陽先生と話をしたあの日から、俺たちはより名前のことを気遣うようになった。そしてそれと同時に名前と一緒に残された、たった一人の弟のことも。

「なあ、どこでバイトしてんの?」
「やーよ、見られたら恥ずかしいから」

 ちょっとお手洗い、と俺と土方の間から席を外した名前にまたも二人揃ってため息を吐く。
 今までこんな雰囲気になったことは一度もなかった。初めて彼女と出会ったのは中学に入ったばかりのころで、それから単純計算しても三年、俺と土方と名前との間にこんなにも気まずい空気が流れたことはなく、いつもなんとなくではあったけれど揃えばそこで黙っていても気分が良くなった。なのに、今は違う。
 どうにかしてやりたいと思うのに、その本人がやんわり俺たちのことを拒絶する。下手に心配されたりするのが嫌なのだろうということは性格上わかってはいるけれど、でもこんな時に心配もできないような友人でいいのだろうか。俺は少しでもいいから頼ってほしい。それだけなのに。

「ねえ、ちょっといいかしら」

 目の前にはクラスで美人と称される名前の友達の志村妙がいた。しかし美人と称しているのは志村本人と、そして彼女のことを見た目でしか知らないやつらのみだ。一度視界にゴリラがちらつけば、一変してただの怪力女に変身するような、そんな女。以上がこの二ヶ月とちょっとで俺が感じた志村の印象。
 しかしこいつが名前と一緒に会話に加わることは珍しいことではないけれど、志村単体で俺に、いや俺たちに話しかけてくることなんて今まであっただろうか、いやない。
 そしてこの珍しい事態に土方も少し驚いたような顔をしていた。

「名前ちゃんのことなんだけど、」

 ああ、そういうことか。と納得するのは一瞬で、この二ヶ月あまりの月日でも名前と一緒に過ごしてきた志村は何かを感じ取ったんだろう。それはきっと、俺たちと同じような感情を。

「とても癪なんだけど、お願いがあるの」

 私じゃあまだダメみたいだから…と、一瞬寂しそうな表情を見せてから、俺らに向き直った志村は放課後駅前で待ってます、とだけ告げて自分の席へと戻って行った。気づけばもうチャイムの音が鳴っていて、お手洗いと席を外した名前がそそくさと自分の席へと戻っていくのが見える。
 不本意ながらも土方に視線を送れば無言で頷いていて、名前に関する重要なことなんだろうという予感は確信へと変わった。

:)091229
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