※ 性的描写が含まれます。十八歳以上の方のみ自己責任でお願いします。



 綺麗なまん丸の月の夜。階段を登って廊下を歩く足音で、もしかしたらと期待した。その足音が私の部屋の前で止まった時、心臓まで一緒に止まるんじゃないかと思った。襖がゆっくりと開き、禿がその客人の案内をする。「わあ、金平糖!」「いつもありがとおお侍さん」「ごゆっくりどおぞ」禿の弾んだ声に、期待が確信へと変わる。早く近づいて、早く話しかけて。振り向いて直ぐさま顔を見たい欲求をグッと堪えて背筋を伸ばす。

「また位が上がったか?」

 ゆっくり、ゆっくりと首だけを回す。口角を上げて笑った彼と、目が合う。それから私もニコリと笑い、そこでやっと身体ごと彼に向き直った。

「お久しぶりですね。高杉様」
「そうさなァ。前に地球に来たのは、一ヶ月前だったか」
「いいえ、三月前でございます」
「ククッそうか。まあ、付き合えよ」

 しなやかな動作で腰をおろした高杉様は、お膳の上の徳利を片手に小さく揺すった。
 逸る気持ちを抑え、彼の隣に付きお猪口にお酒を注ぐ。お猪口に注がれただけの唯のお酒が、彼が持つだけで美しいもののように私の目に映り出す。そしてそれをクッと一気に飲み干す様も然りだ。武骨であるにも関わらずしなやかな指先に、薄く色っぽい唇。彼を織り成すモノの全てが美しく洗練されている。
 空いたお猪口にまたお酒を注ぐと、急に顎に彼の手が添えられた。

「お前も飲むか」
「はい」

 言うや否や手にしたお猪口を私の口元まで運び、それを少しずつ傾けてゆく。自分の裁量で飲めない上に、僅かにお猪口が右に寄っていたためそちらの口端から一筋お酒が溢れた。

「勿体ねェな」

 せめて顔だけでもと咄嗟に自分の指で拭おうとしたけれど、その腕ごと彼に掴まれてしまう。一体何がしたいのか。至近距離で視線が絡み合ったまま、暫し硬直した後、彼の舌が私の顎に押し当てられた。

「あ」

 顎から徐々に上に移動するその舌は、溢れた酒を舐めとっているだけだというのに、まるで情事の時のような動きをする。声を出さないようにとすればするほど、その部分に意識が集中して余計に感じてしまう。
 そしてその舌がとうとう唇に到達した時、私は僅かに期待をしていた。このまま重ねてはくれないかと。しかし、その期待に反して彼の舌は私の唇の端をひと舐めしてそのまま動きを止めてしまった。

「たか、すぎさま」
「いい顔するようになったなァ。最初はもっと毅然としてたモンだぜ」
「それは、」
「この先どうして欲しい」
「え」
「お前がして欲しいことをしてやる」

 お互いの唇が触れるか触れないかのギリギリの距離を保ちながら会話を続ける為、吐息が直にかかって理性が効かなくなる。して欲しいことなんて、一つに決まっている。

「口付けを、して欲しいです」
「ほぉ。口付け、ねェ」
「それだけではなくて、そのまま、舌を入れて」
「ああ」
「この着物を」
「ああ」
「脱がせて、高杉様の、」
「ああ、上出来だ」

 いつの間にか涙を流していたらしい。目尻の粒を舐めとった彼は、そのまま噛みつくように唇を重ね、舌で咥内を弄った。呼吸すら乱れるその中で唇は付いては離れを繰り返し、私を見つめる高杉様の瞳は何度見ても慣れることはない。視線が交われば下腹部が疼くし頭は蕩けそうになるのに、直感的に脳がこれ以上嵌るなと危険信号さえあげる。もうここまで嵌り込んでしまっているというのに。

「っはあ、わたくしは幸せです」
「何言ってんだ。まだこれからだってのによ」
「高杉様の視界にわたくしだけが映っているのかと思うと、脳髄のなかでラムネが弾けるような心地がします」
「ククッ詩人だねェ。だが、そういうのは嫌いじゃねェよ」

 着物の袷に手がかけられ、全ての構造を理解しているようにするすると固く合わせられた着物が緩められ脱がされてゆく。そして首筋を這う舌がゆるゆると下って、肩と鎖骨に痛みを感じた。噛まれた。しかも強めに。それなのに私の脳はそれを快感と捉えたのか、ビリビリと強い刺激が背筋を流れ震わせた。

「全身が性感帯みたいだな」

 完全に着物を乱され、隠すべき部分が全て外気に晒される。そうして仰向けに横たわる私を上から見下ろす彼は満足げな笑みをたたえていた。そんな表情すらも美しい。

「今日はまた一段と綺麗だなァ」
「……もしそうなら、高杉様に会えたからです」
「言うようになったな。手練手管ってやつか」
「確かに他のお客様には使いますけれど、高杉様の前では嘘をついたことはありません」
「どうだかなァ、でも」

 俺ァ心底愛した女しか抱かねェよ。耳元で唇を押し当てるようにして放たれた言葉は、私の僅かに残った理性を完全に飛ばしてしまうほどの威力があった。それこそ高杉様の手練手管ではないのか。誰にでも同じ台詞を言っているのではないか。そんな陳腐な疑問さえも吹き飛ばして、眼前のことに全神経を集中させてしまうほどに、彼の一挙一動、一言一句は私の感情や身体までもを大きく揺さぶる。
 覆い被さる彼の身体に手を這わし、彼の唇と舌が胸を這い、指先は秘部を何度も何度も執拗に撫でる。その緩やかな刺激のもどかしさと、彼に触れられている喜びとが合わさり、私は普段よりも大胆に彼を求め快感に正直になっていた。

「っはぁ、高杉っ様」
「晋助、でいい」

 徐々に腰が埋められる最中、その言葉だけでいきそうになる。それをグッと堪えて「晋助様」と呼ぶと、彼のそれが小さく反応した。

「もう一度呼んでも、」
「好きにしろ」

 多少照れ臭そうにそう言った彼の顔があまりにも新鮮で、何度も名前を呼びながら、可愛らしい、なんて初めての感想を抱く。しかしそれも束の間で、なにか悪戯でも思いついたかのような顔をしてニヤリと口角を上げた彼は、繋がったまま私の上半身を抱き耳元に口を寄せた。

「愛してる。名前」

 遠い昔に捨てた名。その名前を呼びながら、更に深く突き上げた晋助様。それだけで強い快感を得た私はいってしまったのに、晋助様は突き上げたまま腰をぐりぐりと捻りながら押し当てた。いった直後だというのに押し寄せる快感の波には抗えない。

「しんっすけ、さまぁ」
「名前は奥が好きだからなァ」

 どこでその名を知ったのか。それでも遊女ではなく、本来の私を抱いてくれているような甘い幻想まで抱いてしまう。蕩けた私の今の頭では、全てを都合良く解釈してしまう。

「さて、本番はこれからだ」

 急に上半身が起こされ、そのまま抱き上げられる。繋がったまま軽々と歩いて布団に移動した晋助様は、そのままごろりと横になった。
 未だ先ほどの余韻から痙攣がやまないけれど、上半身をもってして自身を支える。なんとか彼の上に跨った状態の私は、その余裕そうな表情を崩したいという思いでひたすら腰を動かした。

「っまた、上手くなったな」
「いつでも、晋助様のことを思って、仕事してまいりました、から」
「可愛いこと言ってくれるねェ」

 下から晋助様の手が伸びていて左手は乳房に、右手は頭へと伸ばされた。そしてその右手は優しく優しく私の頭を撫でる。
 晋助様の好きなところはちゃんと覚えている。そして絶頂を迎えそうになる時の表情も知っている。だからそろそろなのだ。彼の表情と下腹部の感触で、彼の絶頂がもうすぐだということがわかり私も動きを速める。しかし、あと一歩、というところで彼に肩を強く掴まれる。

「しん、すけさま……?」
「交代だ」

 噛みつくような口付けをされ、そのまま倒された私の視界には、天井と晋助様の顔があった。

「下からの眺めもいいが、俺ァやっぱりこっちが好きだ」

 普段であれば自身のコントロールなど簡単だ。でなければ仕事にならない。しかし、晋助様との情事の時だけは別だ。もう、彼の前では私はただの馬鹿になってしまう。それでも、と最後の抵抗と言わんばかりに下腹部に力を入れた。

「ふ、あっ晋っ助さまぁ」
「我慢してんのか?」
「一緒に、っいっ」
「一緒に、いきたいってか」

 言葉にならない私はただただ首を縦に振る。それを見下ろす晋助様の切羽詰まったような表情。普段から色気を垂れ流しているような方だけど、この時ばかりは普段の比ではない程に色気を増す。私はこんなに色気のある男性を、他に知らない。
 晋助様の動きが速さを増し、そして一気に奥を突き上げ動きを緩めた。ビクビクと脈打つ自身の奥で、彼のもまた同じ様に脈打っているのを感じる。
 ぼやける視界の中で晋助様は切なそうな顔のまま、上半身を私に重ねた。そっと綺麗な背中に手を回す。少し汗ばんだ肌がしっとりと手のひらに吸い付いていく様だった。
 晋助様がそっと顔を上げ、視線が交わる。
 息がかかる程の距離のため、彼の瞳に映る自分が見えた。

「吐息まで、食べてしまいたくなります」

 ぼうっと、彼の切れ長の目にスッと無駄のない鼻筋の通った顔を見ていて、つい口から漏れてしまった言葉に、彼の薄く綺麗な唇が弧を描いた。

「素直な女は嫌いじゃねぇよ」

 降り注ぐ甘く柔らかな唇を、ひとつたりとも逃さぬ様にただひたすらに追いかけた。
 煌々と夜空を照らしていた月も、あと数時間もすれば輝きを無くし白む空に滲んでいくのだろう。

:)160124
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