球技祭最終日。ちらほらと生徒の姿はあるものの、数時間前の賑わいは一切感じられなかった。しかし、こう行事の後にはどうしてこうもカップルが増えるのか。きっとこの球技祭で仲を深めたであろう初々しい二人組を、銀八はすでに四組ほど目にしていた。

「はーやだやだ。これだから行事に浮かれる輩は」
「それが教師の言う言葉かい」

 煙草を片手にふらふらと敷地内を歩いていた銀八は、突然聞こえた背後からの声に一瞬背筋を伸ばした。

「地獄からの声かと思ったわ。ビビらせんなババア」
「どこまでも失礼な奴だね。でもま、減給は免れたみたいじゃないのさ」

 この学校の理事長であるお登勢は銀八の喫煙に注意をすることなく、自分もまた懐から取り出した煙草に火を点けた。

「それどころか昇給したっていいくれぇの働きしたと思うんスけどね」
「まあ、名字の出席率が上がったのも褒めてやろうじゃないか」
「その上、あの二人のみならず来島と河上と武市も球技祭に参加させたってのも考慮してくださいよ」

 懐から出した携帯灰皿に煙草を押し付け捨てたお登勢は、「そうさね、考えとくよ」と言い残してその場を立ち去った。過度な期待は禁物だが、少しのプラスは見込めそうだとニヤついた銀八は、そのまま最初と同じく校舎の中を適当に歩き始めた。

「えっと、だぶるだぶるだぶるどっとじょしこーせーすらっしゅ」
「オイ俺を何のサイトにアクセスさせる気だ」
「ぎんたまえいちえすさんずぃーはいふん」
「いつからそんな愛校心溢れるやつになったんだお前は。つーかアドレス教える気ないだろ」

 廊下の前方から歩いてくる土方と名前を見て、銀八は眉をしかめて「五組目、か」と呟いた。

「あ、先生」
「あ、先生。じゃねーぞおめーら学校でイチャこきやがって」

 新しい関係を築こうとしている二人を察してあからさまに表情に不快感を露わにした銀八に、名前は「いちゃこいてなんてないです」と慌てて付け加えた。土方はと言うと、こういう時の銀八に関わってもロクなことがないということを学んでいるため特に反論もなにもせず黙っている。

「これから打ち上げか?」
「え、そうなの土方君」
「おめーがアドレス教えねぇから」

 クラス全員には幹事の近藤から打ち上げの詳細がメールで知らされているのだと説明した土方に、名前は「じゃあ晋ちゃんも知ってるかな?」と聞く。その言葉を受けて土方の眉間に皺が寄ったのを銀八が見逃すはずもなく、ヤキモチだなんだと弄られ結局土方もその言い合いに参加する羽目となった。

「ま、打ち上げでハメ外して学校に連絡くるようなことはすんなよ」
「連絡こなきゃいいんですか」
「最悪店員脅してでも連絡はさせるな」
「それ教師の言うセリフですか」

 じゃあ後は適当にな、と二人の間を通り過ぎ廊下を進む銀八。そして十数秒後、「先生!」という声と近づいてくる足音に、銀八は振り返らざるを得なくなる。

「なんだ、まだなんかあんのか」
「その、前に先生は打算って言ってましたけど」
「あーそんなこと言ったっけか」
「全部、予想してたんですか?」

 名前の質問に、銀八はしばし黙り込む。勿論予想していなかったといえば嘘になるが、銀八が驚いているのはそこではなく、名前が真意に気付いたのかという部分であった。

「さーな、俺ァ預言者じゃねぇんだ」
「あの、でも」

 少し言いづらそうに視線を左右に揺らし口をまごつかせてから、名前は意を決したように口を開いた。

「ありがとうございました」

 恥ずかしそうにする名前の頭の上にそっと手を被せる。その後方で、少し心配気にこちらを伺う土方の姿が見える。心配すんな、別にとって食ったりしねぇから。銀八は名前の頭に手を置いたまま少し表情を柔らかくさせた。

「あ、そうだ。夜、高杉に会うか」
「あ、ええ、はい。多分今うちにいると思うので、そのまま打ち上げに連れていきます」
「じゃ、一つ伝言頼むわ」

 名前の耳元で囁くように伝えたそれに、名前は目をこれでもかと見開いて驚いていた。しかしそれも無理もないかと銀八は思う。「よろしくな」と再度名前の頭を二度叩き廊下を進む銀八の後ろ姿を、名前はしばらく見つめていた。

「おい、なんだったんだ? 今の」
「なんか、晋ちゃんに文化祭委員よろしくって」
「……は?」

 ぺったぺったと安物のサンダルを鳴らして歩く銀八の後ろ姿を眺めながら、名前と土方はなにを考えているんだろうと顔を見合わせて苦笑した。
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