「いでで」
「じっとしていてください」

 いやあ、すまない! と、この医務室には私と彼の二人きりしかいないのに、腹から大きな声を出した近藤さんに「大声をださない」と注意をする。このやりとりも通算何度目なのだろう。

「また志村妙さんのところへ行って来たんですか?」
「おお! やはり名字先生は頭がいい!」

 世間で言うところのストーカーをしている近藤さんは、毎回その被害者である志村妙という女性から暴行の限りを受けて帰ってくる。頭などよくなくとも、毎回毎回怪我の理由は同じなんだから嫌でもわかる。最初こそ同情したりもしたが、そもそも近藤さんがストーカーなどしているから悪いのだ。自業自得、因果応報。今まで何度言ったかわからない言葉を頭に浮かべる。
 しかし、大の大人を、しかも泣く子も黙る真選組の局長をこうまで痛めつける志村妙という女性は一体どんな人なのだろう。怖いもの見たさではあるが、一度会ってみたいものだ。

「もう、お辞めになったら如何です」
「ガハハ! それはできないよ、お妙さんにいつ何時危険が訪れるかわからないからね!」

 言っても意味のないことと分かりながらも、毎回進言せずにはいられないのだ。「いくら言い寄っても振り向いてくれない人などやめて、私にしたらどうですか」なんて、そんな恋に恋する少女のような、歯の浮くような台詞はとてもじゃないが言えない。その代わりに私は、皮肉のような言葉を彼にぶつける。自分でも、可愛くないと思う。

「いやぁ、それにしても名字先生の手当てはいつ見ても手際が良い」

 隊士たちも皆口を揃えて凄いと言っています。と、屈託のない笑顔を私に向ける近藤さんに「次から次へとくるんですもの。そりゃ慣れもします」と、また可愛さのかけらもない返事をしてしまう。その言葉の皮肉を気にもかけず、近藤さんは「違いない!」とまた大きな声で笑った。

「もう、」
「はい?」
「……いえ、なのでこれ以上私の仕事増やさないでくださいね」

 私の言葉にまたしても豪快に笑って返す近藤さん。そしてその直後、部屋の襖が開いて、ふわりと煙草の匂いが鼻を突く。

「近藤さん。客人だ」
「おおトシ、もうそんな時間か! いやぁ、名字先生と話していると、どうも時間が経つのが早い」

 その言葉に、一瞬だけ鼓動が早くなったのがわかった。近藤さんの言葉には深い意味なんてなく、ただ純粋にそう思っているのだとわかっているのに変に勘ぐって期待してしまう自分がいる。そんな心情を悟られないようにできるだけ無表情を貫いて、近藤さんをみた。

「名字先生、いつもありがとうございます!」
「もう、次は手当てしませんからね」

 手厳しい、と笑いながら部屋を後にする近藤さん。そして、未だ残る煙草の香り。

「土方さん。ここ、禁煙ですよ」
「アンタも物好きだな」
「……ここには、そんな物好きしかいないじゃないですか」
「違ェねぇ」

 二人して観念したような顔で笑った。
 初めて近藤さんに会った時のことは、正直あまり覚えていない。多分ゴリラみたいな人だとか思ったにちがいない。そもそも近藤さんの容姿は全くタイプではないのだ。ただ、日々を共に過ごすうちに、近藤さんの実直で懐の広い優しさにはまり込んでいた。あんなに真っ直ぐで優しい人を私は他に知らない。私は近藤さんよりも年下であるのに、この真選組の隊医を任されたその日から「先生」と呼ばれている。この真選組という組織において、頂点は近藤さんであることは間違いないのだが、本人はそれをひけらかしたりなど決してしないのだ。それ以前に、皆同じ仲間であると、小学生の学級目標のような純粋なことをサラリと言ってのけたりする。
 ここにいる人は皆、そんな近藤さんのことを馬鹿だとかゴリラだとか言いながらも、心の底から慕っている。勿論私もその中の一人。あの人は天性の人たらしだ。
 そして真っ直ぐで優しい近藤さんが好きだから、余計に色仕掛けや駆け引きなんかが意味をなさないことを私は知っている。自分の想いが多分報われないだろうこともわかっている。それでも、恋人として隣にいることはできなくても、同じ場所で戦う友として彼の隣にいられたらと今は思う。私の想いも叶うことはないが、近藤さんが志村妙さんを思う限り暫く恋人なんてできないであろうという安心もあった。

「志村妙さんって、どんな人なんですか?」
「あー、キャバ嬢の女ゴリラ」
「……土方さんって、戦術とか以外結構馬鹿ですよね」

:)140513
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