小学校の頃はよく学級委員とか任されて、中学では部活の部長をやった。特別目立ちたいとか、まとめ役になりたいという希望はなかったけれど、友達や先生に頼まれるとどうしても断れなかった。
 高校生になり、私はようやくそのような自分の性格を理解して、自ら先手を打とうと簡単そうな図書委員を引き受けた。そうしたら三年間、なんだかんだと図書委員を続けさせられ、気がつけば図書委員長になっていた。結局小学生の頃から私の本質はなんら変わらない。
 その図書委員の仕事の最中出会ったのが高杉君だった。いつも寝るか、はだしのゲンをパラ見していて、でもたまに小難しい本なんかも手にしている高杉君。休み時間終了の鐘が鳴ってもいつも動く気配はなく、サボりに来ていることは明白だったけど、気がつけばその存在感に引き込まれていた。いつも図書室にいる私はいつの間にか高杉君と顔見知りになって、いつの間にか話すようになって、いつの間にか、今のような関係になっていた。

「雨か」
「……桜、散っちゃいますね」

 高杉君の家のベッドの上で、窓越しに聞こえる雨音に耳を澄ます。情事後の倦怠感が残る中、高杉君は半身を起こして煙草を吸っていた。

「桜ねぇ」
「勿体無いなぁ……」

 私の憧れていた彼氏との高校生活は、休みの日に映画を見に行って、春は公園でお花見をして、夏は花火大会やお祭りに浴衣を着て出掛けて、毎日一緒に帰ったりする普通の健全なもの。決して、お花見の季節に、煙草の煙が揺蕩う室内で身体を重ねつつ気だるい一日を過ごすことじゃなかった。心を洗い流すような雨音に、ふとそんなことを考えてしまう。

「高杉君は、お花見とかいかないんですか?」
「行かねぇなァ」
「……そうですか」

 付き合ってくれと言われたことはなく、私たちは付き合っているわけではない。その上、よくは知らないが高杉君は私以外の女のも関係を持っているらしい。らしいというのは、私が実際にその現場を目の当たりにわけではないが、周囲の人間が口を揃えて言うことのだ。その人たちは私と高杉君がこんな関係だということは知らない。
 ならば何故、このようななんの生産性もない関係を続けているのかというと、それは私が高杉君に対して所謂惚れた弱みがあるからと、高杉君と共にいる時間が心地良いからだ。図書室で関わるうちに、釣り合わないとわかっていても高杉君に惹かれていく自分がいた。いつか、本棚の影で高杉君にキスをされた時は本当に心臓が飛び出るんじゃないかというくらいドキドキして、それでいて嬉しくなった。高杉君と身体を重ねることも、激しいイメージとは違って静かで優しくて私は好きだ。それはもうくだらない自尊心の為に捨ててしまえるほど私の表層にはなく、いつの間にか私の奥深くに根付いてしまっている。もしこの関係が終わってしまったら、私はどうなってしまうんだろう。

「なんだ、俺といるのに考え事か?」

 自分だって煙草吸ってた癖に。勿論それは言葉にしない。

「雨の音、聞いてました」
「いい音だったか」
「はい。なんか落ち着きます」
「どれ」

 そう言うや否や、高杉君は私を後ろから抱きしめるようにした。高杉君という人は急にこういうことをする人だ。私はそんな高杉君の気まぐれのような行動に振り回されて、心臓の鼓動を早くしたり遅くしたりする。振り返ることは躊躇われたが、後ろで高杉君が目を瞑って雨の音に耳を済ませている光景を想像して、自分の心音が邪魔をしていないといいと切に思った。

「ショパン、に聴こえるか?」

 唐突な高杉君の言葉の意味がわからずに返答を控えていると、機嫌が良いのかイタリアのガゼボについて話してくれた。高杉君は不良というイメージに反して博識で、私が知らないような俳句を口にしたり、ロマンチックなことを平気で言えたりする。そういう時の高杉君はとても穏やかな顔をしていて、私は意味がわからなくても楽しくなる。私の本棚には高杉君が不意に口にした言葉の載った句集や本が何冊もある。高杉君といると自分の世界が広がっていくような錯覚すら覚えてしまう。

「昔これを聴いた時は、雨が降ったら確かめてみるかと思ったなァ」
「試したんですか?」
「いや、今の今まで忘れてた」
「ふふ、ショパンに聴こえました?」
「やっぱわかんねぇわ。そんなにショパンも知らねぇしな」
「んっ」
 
 後ろから耳元で話されそれだけでもゾクゾクとしてしまうのに、軽く耳たぶを甘噛みされてつい声が漏れてしまう。それに気を良くしたのかはわからないが、高杉君はそのまま耳に舌を入れてキスをする時のようにそれを動かした。

「やっ、たか、すぎくんっ」

 身を捩るようにして向き直ると、高杉君の顔が目の前でそっと唇が触れた。

「物欲しそうな顔」
「そんな顔、してないです」
「どうだか」

 幾度も触れる唇に、早く舌を入れて、もっと言えば触って欲しいと思ってしまう。高杉君に会うまでは、こんなことを考えてしまう自分ではなかったのに。そっと背を撫でられただけで、全身に微かな電気が流れたみたいになってしまう。高杉君はそんな私を見て楽しむように、柔らかな刺激だけを与えていく。

「傘、持ってんのか?」
「え、持ってな、いっです」

 背中を不規則に行ったり来たりする高杉君の手に翻弄される。

「じゃ、止むまでここにいろ」
「は、はい」

 高杉君は自分の言葉を発するとすぐにまた触れるだけのキスをする。ただ触れられているだけでぼんやりとする頭で必死に高杉君の言葉に返事をしようとした。最後しがみつくように抱きつけば、高杉君は背を撫でる手とは反対の手で私の頭を優しく撫でた。

「さて、もう一回戦といくか」
「あ、ちょ待って……!」

 柔らかだったものが次第に強い刺激を伴ったものへと変わっていく。色々と考えなくてはならないことがあったはずなのに、それももう面倒になって高杉君にされるがまま、気持ちの良い方へと流れていく。

「……止まねェといいな」

 高杉君が何かを言ったのはわかったけれど、それを聞き取ることはできなかった。そうさせないように、その瞬間だけ高杉君はより強く抱いたようにも思えたけれど、その真意を確かめることはない。
 雨脚はそれからも強くなり、二日間降り続けた。家に帰ってから真っ暗な画面の携帯を見て、いつからこうなっていたのかも私はわからなかった。

:)140422
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