球技祭一日目の朝。クラスの集合時間より三十分前ではあるが、委員の集まりがある俺と名字は今日の段取りをいつものように聞いていた。最初は少し違和感があったこの光景も、ここまでくるとしっくりこないほうがおかしい。隣の名字は今日も眠そうではあるけれど、連絡事項を配られたプリントにメモしていた。

「球技祭委員って審判とかもしなきゃならなかったんだねぇ」
「まあな。球技祭に剣道がなくてよかったぜ」
「あ、そっか部活の人は主審とか手伝わなきゃならないのか」
「委員と並行しては辛ェだろうな」
「それに球技じゃないし」

 最近名字はよく笑う。最初のころはいつも面倒臭そうな、どこか銀八に似た気だるさがあって笑うというよりは無表情だった。そんなことを思い出しながら歩いていると、早速校庭から土煙を上げる集団が見えた。

「周りの生徒ドン引きしてるね」
「ったくアイツら……」

 サッカーの練習をしているはずだったのだが、見る限りスライディングしながら人を蹴り倒すことしかしていないように見える。主に総悟が。しかもなんでバレーしてたはずのチャイナまでいるんだ。初日の朝からこれでは、今後の気苦労たるや想像するのも怖い。

「開会式をはじめまーす!」
「あ、じゃあ女子の方行ってくるね」
「おう。後でな」

 開会式中も問題児総悟を筆頭にくだらない小競り合いはあったものの、本部役員の生徒に嫌な顔をされる程度で済んだことにホッと胸を撫で下ろす。
 開会式も無事終わり、試合順のかいてあるプリントを見る。Z組は最初女子のバレーかららしい。相手は一年生か。あの激烈女達が相手とは少し可哀想気もする。同じくプリントを隣で見ていた近藤さんが鼻息を荒くして「応援に行こう!」と言いだし、明らかに志村目当てであることにはもう突っ込まず、適当に引き連れて体育館へと向かった。

「名前ー! こっちアル!」
「っはい!」
「ローリングサンダァァァ!」

 何がローリング? その上チャイナはたしかドッヂボールだったはずだが。という突っ込みは一先ず置いておく。やはり一回戦は予想通りの圧勝で、近藤さんは何に感動したのかわからないが涙を浮かべてその上鼻血を出していた。
 その後も女子は続々と勝ち上がってゆき、一回戦に一瞬交代として出たチャイナの不正もバレずに、とうとう準決勝までたどり着いた。といってもトーナメント戦のためそこまでの試合数もなかったが、ここまでくると近藤さんだけでなく、他のクラスメイトたちのテンションも自然と上がる。

「姉上ー! いっちゃってくださーい!」
「お妙さーん! 俺も弟と一緒に見てまーす!」
「ちょ! 誰がアンタの弟ですか!」
「若ァァァ! 若はジャージよりブルマの方が似合ぶべらっ!」
「東城。少し黙っていろ」

 応援にも熱が入る中、こちらが24点。つまり、あと一点で勝ちというところまできた。色々と心配していた様子の名字は、周囲の見立て通り味方に打たせるトスを上げ続けていた。
 これは決勝も目前だな、と思った直後。相手からのスパイクを名字がブロックで手に当てて、その緩められたボールを猿飛が弓なりに名字にあげた。志村、柳生の二人がボールを呼ぶ。どちらに上げるのか、そして決まるのか。観客全体の気持ちの昂りがピークに達した時、名字の手元が狂った。ドリブルは、取られてない。一瞬息を飲み、言葉をなくす俺たち。そしてボールは二人のどちらの元にも上がらず名字の足下に落ちようとした、のを柳生が間一髪脚で蹴り上げて相手コートに返した。相手も落ちると思っていたのか、突然のことに慌てて対処し、なんとか返ってきた勢いのないボールをそのまま志村が相手コートに叩きつけ、試合はこちらの勝利となった。
 少しドラマのような出来事に盛り上がる観客席。そしてコートの中のプレイヤー。しかし、名字だけがどこか浮かない顔をしていた。そんな名字に志村や柳生は「気にしなくていい」と声を掛け、それに対して名字はぎこちない笑みを返している。

「名字」
「なに? 土方君」

 バレーの決勝は明日。他の試合も暫くない。皆が続々と昼食をとるため教室に戻る中、名字だけがその集団から外れていた。

「こい」
「え、な、なに?」

 名字の腕を掴んで黙々と目指した先は保健室。その前まで来るとそれまで「どこいくの?」と煩かった名字は黙ってバツの悪そうな顔をした。中に入ると球技祭で怪我をした生徒が数人いて保険医に見られている。

「いくつか借りる」
「大丈夫か? やってくれるのは有難いが」
「おう」

 他の生徒への対応に追われる保険医から包帯や湿布を拝借する。名字をあいてる椅子に座らせて左手を出すように言う。すると、予想通り左手薬指が腫れていた。多分、あのブロックの時にやってしまったのだろう。

「ごめん」

 湿布を貼って上から粘着性のある包帯を軽く巻いている時、名字がぼそりと呟くようにそう言った。見ると、申し訳なさそうな辛そうな顔をした名字。

「馬鹿。これからは早く言え」
「うん……馬鹿ついでにもう一ついい?」
「なんだよ」
「明日試合が終わるまで、このこと誰にも言わないで」

 真っ直ぐに俺の目を見る名字。その真剣な眼差しに、ついたじろぎそうになる。

「……駄目だ」
「なんで!?」
「テーピングしてやる。そしたらやりくいかもしれねェが、痛みも和らぐしそこそこ手も使えるようになる」
「え」
「でもテーピングは透明じゃねーからな。流石に俺もそれは隠せねェ」

 言い終えるや否や、名字は少し目を潤ませて勢い良く俺に抱きついてきた。あまりに唐突なことに固まる俺と、それを気にせずに腕の力を強めて「ありがとう」と言う名字。

「あー、青春もいいが治療が済んだなら他所でしなんし」

 ゴホン、という咳払いと保険医の声に、保健室中の視線が自分たちに注がれていることに気づく。名字もそれに気づいたのか勢い良く俺から離れ、少し頬を染め「い、いこっか」と俺の手を引き、俺たちは保健室を足早に去った。

「なあ」
「え! なに!?」
「いや、明日少し早めに来い。そしたらテーピングすっから」
「わ、わかった」
「あ、名前ー!」
「え! また子に晋ちゃんに河上君に武市さんも!」
「おい、晋ちゃんってやめろっつってんだろうが」
「わー来てたんだね嬉しい」
「てか名前その手どうしたんスか!」

 昼過ぎだというのに堂々と登校して来た高杉達に、嬉々として話しかける名字。手の理由は適当にボカしていた。

「良かったー晋ちゃんのサッカーはこれからだよ」
「オイ。俺ァまだ出るなんて」
「ハイハイ男子更衣室はこっちですよ」
「じゃ、拙者が晋助を連れていくとしよう」
「なにすんだ万斉」
「ありがと河上君」

 サングラスの河上に引きずられるように連れて行かれた高杉。そして残った名字は「次サッカーだよね?」と笑った。

「だな。俺もそろそろ行くわ」
「うん。応援行くねー!」

 それからはサッカーの試合中も、女子ドッヂボールの観戦中も、保健室での名字と高杉の前での名字の表情が交互にフラッシュバックして頭から離れなかった。
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