退に好きな人がいるだなんて初めて知った。そして、それを聞いてから私はその子のことばかり見ている。廊下ですれ違う時は勿論、集会の時も、体育の時も、その子のことを目で追ってしまう。その子の事を好きなのは退のはずなのに、これじゃあまるで私が好きみたいだ。その子を追うことで退の気持ちに近づこうとでも思っているのだろうか。自分のことながら、よくわからない。

「ねえ、退」
「なに」
「どこが好きなの?」

 途端に退は飲んでいたお茶を噴き出した。汚いなーといいながらティッシュを渡すと、「名前にも責任あるからね」と言いながら机の上を拭いた。

「どこって……じゃあ聞くけど名前は先生のどこが好きなの?」
「え! やだ、何それずるくない?」
「ずるくないよ。てか言葉で説明できる?」

 なんか格好いいから、面白いから、面倒見がいいから。いくつか浮かぶ先生の良いところは、私が好きなところというには少し違った。多分そういうことじゃない。私が先生を好きになったのは。

「うーん、確かに難しいかも」
「でしょ。そんな感じだよ、俺も」

 退に上手く言いくるめられているような気もするけれど、この話は自分にも返ってくるためとりあえずやめておく。

「そういえば、名前は告白とかするの?」
「しっしないよ! しても、意味ないもん……」
「意味ないって、なんで?」

 私の顔を覗き込むようにしてそういった退。先生と生徒という壁以前に、先生は私のことなんて見ていない。

「だって、先生は大人だもん。私みたいな子供相手になんてしない」
「そんなことわかんないじゃん。年も十も変わんないよ」
「わかるよ。だって、まず経験の差がある。人生っていうと壮大だけど、もう、ありとあらゆることが先生には追いつかない」
「そうかな」
「そうだよ。それに、」
「それに?」
「……私は処女だし、なんかそういうのって面倒くさいんでしょ?」

 退の目を見て言うと、若干退は私から目を逸らした。そして、少し口をまごつかせる。

「それは、たいした問題じゃないと思うけど」
「たいした問題だよ。私はある程度経験を積んでからじゃないと先生に太刀打ちできない」
「太刀打ちって、勝負じゃないんだから」
「じゃあさ、じゃあさ。二組の松村さんいるじゃん。可愛いと思う?」
「あー。可愛いっていうか、なんかちょっと他と違う感じだよね。大人っぽいっていうか」
「そこよ。松村さんは年上彼氏とヤりまくってるんだけど、あの他とは違う雰囲気はそれが原因なんだと思う」
「ちょ、名前ヤりまくってるとか言うのやめなさい」
「だって本当のことだもん。それでは逆にお聞きしましょう」
「今度は何」
「退は童貞でしょ。そこで好きな人と結ばれ彼女ができたとしよう」
「ちょっと待ってなんで勝手に決めつけてんの?」
「そしたら当然そういうことにもなるわけだけど、経験がない。でも、相手にはある。どう思う?」
「そりゃ、まあ、恥ずかしい……けど」
「でしょ? そう思うでしょ? それと一緒」
「一緒かなぁ」
「とにかく、先生に告白してもしも成功したとしても今のままの私じゃだめなの」
「そういうもんか」
「そういうもん」

 手元にあったジュースを啜る。退は少し悩むそぶりをしていた。

「退は? 告白しないの?」
「しないよ。元々そんな気なかったけど」
「なんで? どうして?」
「見てるだけで、いいからかな」

 少しだけ寂しい顔をした退。そんな彼の顔を見て、どうして私の心まで苦しくなるんだろう。

「名前もしないんでしょ?」
「うん。てかできない」
「じゃあ一緒じゃん」

 退の「一緒」という言葉に、どこか急に安心した自分がいた。だからだろうか、いつもと同じどうでもいいことと一緒にとんでもないことを口走ってしまったのは。

「一つ提案がある」
「なに」
「私たち、付き合ってみようよ」
「……は!?」

 急な私の申し出に大きな声をあげ、その上顔芸ともいえる驚いた顔を披露してくれた退。そんな退に畳みかけるように話しかける。

「今のままだと私も退も高校時代なにもせずに終わっちゃうよ」
「ま、まあそうだけど」
「どうせ私たち告白する気もないわけじゃん」
「うん」
「だから、とりあえず付き合って経験値あげようよ」
「あ、そういうことなんだ」
「練習みたいなかんじで」
「練習ねぇ」
「で、ラスボスを倒しに行くの」
「なんか壮大になってきたなあ」

 どこか他人事のような退は、頬を人差し指で掻いた。私は私で、自分のはいた言葉の意味を深く考えないように減らない口を動かす。

「と、いうわけだから帰り一緒に帰ろ」
「まだ俺了承してないんだけど」
「でさ、休みの日に映画とか見に行ったりしよ」
「俺の話聞いてないよね」
「テスト前は一緒に勉強したり、夏は海とか花火行ったりさ」
「たしかに、高校時代にそういうことしておきたいとは思うな」
「で、今日は親帰ってこないの的な展開で一緒に大人になろ」
「うんうん……ってええ!?」

 本日二度目の驚いた顔を披露してくれた退に、極力なんとも思っていない風を装う。私だって初めてをどうでもいい人にあげられるほど、軽い頭と尻の女じゃあない。でも、退ならどういうわけか抵抗がない。退も、私に対してそう思っていてくれたらいいのにと思う。

「じゃ、今日が私たちの記念日ってことで」
「ちょ、ちょっと待って!」

 もうすぐ昼休みも終わるからトイレにでもいこうと席を立った私に、真っ赤な顔をした退が同様に立ち上がって言った。少し、周りの視線を感じる。

「あの、名前は、いいの?」
「なにが」
「お、俺で……その、いろいろと」
「うん。良いから言ってるんじゃん」

 一瞬、断られるんじゃないかと思ってひやひやした。いや、まだその可能性は少なからずあるけれど。でも、目の前の退は顔を赤くして、意を決したように一つ頷いてから口を開いた。

「しっ幸せにします!」

 思いの外大きかった退の声に、どこからともなく聞こえる指笛の音。普段以上に騒がしくなる教室の中で、やっぱり顔を赤くして少しあたふたした様子の退を見て、私の中で一つの疑問が解決した。私はきっと退の好きな子のことが意味もなく気になっていたわけでもなく、先生のことを本気で好きだったわけでもなく、ただ退のことが好きだったんだ。

「これじゃ、練習になんないじゃん」

:)140323
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