教師ってのは思っていたよりも激務で、俺ほどの手抜き上級者でも仕事は多い方だと感じる。休みはあるにはあるが、授業準備や部活の顧問だなんだで生徒の為にと頑張ろうとするやつほど身体を壊しかねないなんとも言えないシステムだ。今日も期末テストを終えて、ウチのクラスの馬鹿達はやっと解放されたと喜んでいてが、こちとらこれからが採点と成績の評価付けなどなど仕事の山だ。これは流石にサボれない。いちご牛乳でも飲みながら手を付けるか、と俺しかいない国語科準備室で答案用紙と向き合う。国語ってのは一番採点が厄介だと思う。この際全部漢字と選択問題にしてしまいたいとすら思うが、勿論教務主任の目があるからそんなことはできない。
 体感時間にして約二時間程たったころ、急に襲いかかる睡魔。これだけの文字を前にしていれば仕方のないことだと思いつつ、三十分くらいならいいだろうと携帯のアラームをセットして欲の赴くままに瞼を閉じる。仕事中の居眠りほど、気持ち良く入れる睡眠はないと思う。
 うとうとと、俺の意識が船を漕ぎ出した頃、ガラリと扉の開く音と「失礼します」という聞き慣れた声が聞こえた。それでも面倒臭いからと眠ったふりを続けると、声の主は帰るどころか俺に近づいてきた、のが足音でわかる。

「先生? 寝てるの?」

 一度寝たふりをしてしまった手前、演技を続行する。声の主、もとい名字は俺のすぐ真横にいるらしい。そういえばテスト回収時に、後で質問したいことがあるとかなんとか言っていた気がする。すっかり忘れていたが、多分それを聞きにここまで来たのだろう。

「疲れてる、んだよね」

 意外にも独り言を言う名字の気配が一瞬俺の傍から離れた。そして背中に軽い重み。薄目を開けて確認すると、名字のものと思しきコートがかけられていた。そこからふわりと香った名字の家のものと思われる匂いの中に、薄く香水のような匂いが混じっていた。ガキの癖にマセやがって、と思いつつも趣味のいい匂いだと少し感心する。
 それから名字は俺の隣に椅子を出したらしく、座って何やら本を読んでいた。これは俺がこっそり薄目を開けて得た視覚的情報なため、もう名字は違うことをしているかもしれないが、そんなことはどうでもいい。名字は俺が起きるまで待っているつもりなのだろうか。だとしたらどうせ寝てないし起きてやりたいとも思うが、それを俺の好奇心が邪魔をする。名字はこの後なにをするのだろうという、本当に些細な好奇心だ。
 思えば名字はZ組の中で数少ない常識人で、騒がしい奴らの中で唯一落ち着いていて比較的静かなやつだった。そんな名字を見た四月のあたりでは、すぐにクラスを変えてくれだとか言うだろうと思っていたらそんなことはなくて、神楽や志村姉と仲良くしているところをよく見る。あまり何を考えているのかわからない節があるが、悪いやつではない。そして意外にも高杉なんかとも喋ったりしているつかみどころのない変わったやつだ。
 ふと、枕にしている腕にさらさらとこそばゆい刺激を感じた。多分名字の髪の毛だろう。しかし、そんなにも名字は近くにいるのだろうか。目を開けたい衝動をなんとか堪える。

「先生、本当に寝てるんだよね」

 そろそろ潮時かなと、名字の問いかけをうけて思う。心なしか、名字の声は寂しげなものにも思えた。そろそろ目を開けるか、とぐっと手に力を入れたと同時に、唇に柔らかいものが当たった感覚があった。経験則から言えばこれはまず間違いなく……。
 途端、耳をつんざくような不愉快な音が鳴り響く。自分がセットしていた目覚ましのアラームに驚いて目を開けると、目の前には頬を染め、目を潤ませた名字の顔があった。ガキの癖に色っぽい顔しやがって。

「ん、あ……なに、どうしたの名字」
「あっやっ……なんでも、ないです!」

 慌てて鞄と本を手にとって、髪が乱れるのも構わずに頭を下げて部屋を出て行った名字。年甲斐もなくフォローも何も出来ずに、下手な寝起きという三文芝居を披露した俺は、ふやけた頭で状況を整理することでいっぱいいっぱいだった。
 とりあえず落ち着こうと立ち上がった瞬間、肩からずるりと名字のコートが床に落ちた。

:)140217
なんて中途半端。続きます。
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