昨日から天気予報は雪だと言っていたから、帰りのホームルームではそこここから雪が激しくなって学校が休みになってくれと生徒たちの声が聞こえてきた。それでも教師は一応出勤しなくてはならないため、生徒たちの気持ちを無視して頼むから電車は動いてくれよと祈りながら、帰りのホームルームは終わった。
 そんな昨晩のことを思い出しながら、早めに家を出てなんとか電車に乗った私は、駅からちらほらと降る雪の中を歩き学校へと辿り着いていた。職員室を見渡すとぽつぽつと先生方はいるものの、やはりそれは寂しいもので近くにいた先生ときっと休みになるでしょう、なんて会話をしてからコーヒーを啜った。
 それから十数分後。先生方が揃ったところで本来であれば朝のミーティングが行われるはずの時間に、校長先生が直々に今日は学校を休みにすることと、私たちにも雪がひどくなる前に帰れと言うことを告げた。そして校長の挨拶が終えた瞬間に職員室前方の扉が空いた。

「……坂田君、また遅刻かね」
「いやぁ、雪が凄くて」
「いや、お前原付って知ってるし何より他の先生たちはもう来てるから」
「あー本当寒くていけねぇや。あら、校長も寒さで頭に変なできもん出来てますよ」
「いやこれ余のチャームポイントォォォ!」

 校長との何時ものやりとりはおいておいて、珍しい、と思った。てっきり坂田先生のことだから雪にかこつけてこないかと思っていたのに。ホームページ担当の先生がネットとメール式の連絡網で今日が休みの旨を流したことを告げる。思えば私が学生の頃は電話の連絡網だったのに、と時代の移り変わりを噛み締めていたからか、坂田先生に話しかけられていたことに気がつかなかった。

「……んせい、名字先生」
「え、あっごめんなさい。なんですか坂田先生」
「いやぁ、校長の話聞いてた?
俺と名字先生で、間違えてきちゃった生徒の追い出し」
「え!」
「遅刻した俺はペナルティだけど、名字先生ボーッとしてっから」

 少し考え事をしていただけなのに。押し付けられちゃいましたね、 と言った坂田先生に苦笑いを返す。職員室を見渡すと、もうほとんどの先生がいなくなっていた。

「ごめんなさい、考え事しちゃってて。
もう、行った方がいいですかね?」
「そーっすねぇ」

 あーめんどくせ、と言って伸びをした坂田先生に私も上着を手にとって続いた。
 昇降口に立っていると、案外間違えてきてしまう生徒はいるようで、皆口を揃えて来たことを後悔していた。可哀想になぁ、なんて思っていたら「俺なんてそんなお前らを追い返すためにずっと寒い中立ってんだぞ」と坂田先生が言っているのを聞いて、少しおかしくなってしまう。

「ん? なにか可笑しかったっすか?」
「いっいえ。坂田先生って面白いなーって」
「あー! 銀ちゃんなんで名前先生とこんなとこでイチャついてるアルか!」
「大人の邪魔すんな神楽ァ。そして今日は学校休みだからさっさと帰れー」
「お、先生やりますねィ。朝から女に手ェ出すなんて」
「ちょっと先生だけ幸せになるなんてズルいですよ! お妙さんはどこですか!」
「あら、ゴリラが雪に乗じて動物園から逃げてきたのかしら」

 志村さんの怒号と近藤君の悲鳴が響く中、坂田先生は呆れたように「帰れー」とじゃれつく神楽さんを引き剥がしながら言っていた。次第に神楽さんと沖田君の雪合戦が始まり、周りを巻き込み激化しながらも皆で校門をくぐり帰って行った。Z組の生徒が帰ったことで嵐が去ったような静けさだけが残る。

「ったくなんでうちのクラスの奴らばっかり……」
「皆、学校好きなんですね」
「いーやあいつらは馬鹿なだけ。
そろそろ中、入りますか」

 煙草に火をつけた坂田先生は、ポケットから折りたたまれた紙とセロテープを出して、それを昇降口の扉の目立つところに貼り付けた。貼られた紙には「今日は休み」の文字と今日の日付。用意周到だなぁとその光景を見て、「これでいいでしょ」と煙と共に中に入った坂田先生に私も続いた。

「ああー手ぇガチガチ」

 職員室後方のストーブに手をかざしながら、坂田先生はちいさく足踏みをしていた。外との寒暖の差でむずむずしだす鼻をすすってから、私は二人分のコーヒーを淹れるため電気ケトルに電源を入れた。こんな寒い時は中から暖まらないと。

「はい、どうぞ」
「あ、どーも」

 坂田先生は甘党のため、スティックシュガーを三つほど入れておいた。それが良かったのか、「あー沁みますねぇー」と言いながら美味しそうにコーヒーを啜る坂田先生。

「名字先生は、家どこなんすか?」
「ここから電車で三駅ほど。なんで、今朝電車止まってたらどうしようかと思いました」
「そしたら確実に休めんじゃないの?」
「あ、そうですね」

 坂田先生はストーブで温まったのか、私の隣の席、もとい坂田先生の席に座った。

「ねえ、名字先生。今日って何の日か知ってます?」
「今日、ですか? ええっと……」

 知らない、はずはなかった。今日はバレンタインデーで、でもこっそり坂田先生のチョコを用意しているなんて言えそうになかった。自他ともに認める大の甘党の坂田先生は、二月になった途端恒例のチョコくれアピールを始めた。一年前そんな光景を目にして半分同情から作ったけれど、当日なんだかんだ女生徒からたくさんのチョコを貰っているのを見て渡すのをやめた。甘党の坂田先生ならあんなに多くを貰っていても、喜んでくれることは知っていたのに。何故か、渡したくなくなってしまったのだ。その理由は自分でわからないようでいて、実はもうわかっているのかもしれない。
 今年もそうなるのだろうなとは思いつつも、やっぱり坂田先生のアピールを思い出し用意してしまった。

「バレンタインですか?」
「そう! 名字先生、俺にチョコないのー?」

 駄々っ子のように言った坂田先生に、渡すべきか渡さずべきか悩む。勿論手作りというわけではないが、デパ地下で買ったちょっと高くて可愛いチョコだ。なんだか本命のように思われて、その意味を深く考えられてこれから距離を置かれたらどうしよう。

「ま、ないっすよねー。今年もゼロ個かー」
「今年も? 去年たくさん……」
「なんで、俺が去年たくさん貰ったって知ってんの?」
「え!」

 じいっと私の目を見て逸らさない坂田先生。まずい、墓穴を掘ったかもしれない。いや、墓穴ってなんだ。

「そ、それは……」
「もしかして名字先生、俺のこと見てた?」
「そ、そんなんじゃっ」
「ま、いいや。ちなみに、去年たくさんもらったのにゼロって言ったのは、本命はってことね」

 ギイっと椅子の背もたれにもたれかかった坂田先生。その坂田先生の言葉をよく頭の中で反芻させる。

「本命、いるんですか?」
「おーいるいる。毎年アピールしてんだけど、なかなかくれないんだよね」

 そこまで言われて、先ほどの言葉もあわせて一つの可能性に至らないほど、私は無知でも鈍くもなくて、それでも自意識過剰だと思われることを恐れて二の句を継げずにいた。ただ、言葉を継げないかわりに、カバンの中から小さな包みを取り出し、坂田先生の机にのせる。

「……え、まじっすか? 俺に?」

 急に、先ほどまでの余裕をなくして少し動揺したような声を出した坂田先生に、縦に頷いて見せる。すると視界のチョコに坂田先生の手が触れ、持っていかれた。

「あけていい?」

 声を出さずにまた縦に頷いて見せる。それを見届けた後に、坂田先生がチョコの包装紙を開いていく音が聞こえた。

「あ、これお目覚めテレビの特集でやってたやつ!」

 意外にミーハーなんだなぁと考えていたら、「でもなぁ」とテンションの落ちた坂田先生の声。その瞬間、背筋に嫌なものが走る。

「去年みたいに、手作りがよかったなー」
「え、」

 なんで知ってるんですか、と続けようとして、コツンと坂田先生の眼鏡が顔にあたった。というか、唇が奪われた。

「さ、かたせんせ……」
「うわやべ、とまんなくなりそ」

 何言ってるんですか、と言いたかったのにもう一度坂田先生に唇を塞がれる。今度は先ほどのように触れるだけではなくて、何度も角度を変えては重なって、終いには舌を入れられた。そして予想だにしてなかったチョコの味に驚いて、それなのに坂田先生の咥内のチョコを味わうように私も舌を動かした。

「っは、あ」
「名字先生、チョコついてる」

 言うや否や私の唇の端を舐めた坂田先生。その行為に先程までのも合間って途端に恥ずかしくなる。こんなことになるなんて、思ってもなかった。
 暫くチョコ味のキスの余韻でぼうっとしていると、坂田先生は私を抱きしめながら徐々にその手で身体を撫で回してくる。与えられる緩やかな刺激に身をよじりながらも、なんとか理性を保ち坂田先生から拳二つ分くらいの距離をとる。

「だっダメですここ職員室っ」
「あ、やっぱり? ってやべ、外凄いことなってる」

 その一言に視線を窓の外に向けると、そこは一面真っ白な雪景色でそれでもまだまだ吹雪のように雪は降り積もる。積雪も心なしか位置が高いようにも思える。

「あーこりゃ原付で帰れねーな」
「……あっ!」

 慌てて携帯で電車の運行情報を調べる。すると使っている路線に「運行見合わせ」の文字。どうやら見通しも立っていないらしい。どうしよう、このまま学校に泊まることになるのだろうか。

「ダメだった?」
「はい。運行の見通しもたってないみたいで……」
「あーじゃあ、さ。」

 そこのホテルでも行きます? さっきの続きも兼ねて。耳元で、それまでとは少し違ったトーンの低い声音に思わずゾクっとしてしまう。いつの間にか腰に回された手が私をより坂田先生に近づけて、それでもまだ首を縦に振る踏ん切りのつけられない私に、坂田先生は追い打ちをかけるように私の耳にワザと音を立てて口付けた。
 来年は手作りで頼んますよ。の言葉に、私たちは付き合っていることになるのかなあ、なんて考えながら誰もいない雪道を二人で歩いた。

:)140215
タイトルは言わずと知れた某電車のキャッチコピーから
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