「ローリングサンダァァァ!」
「ぶふぁ!」

 さっきまで円陣バレーをしていたはずなのに。いつの間にか男子の輪から抜け出してきた沖田君と神楽ちゃんの凄惨な戦いに巻き込まれた者たちが死屍累々と目の前に横たわっていた。
 ことの始まりは、昨日の帰りのホームルームまで遡る。

「以上が今年の球技祭の種目とルールだ」
「はいはーい! あたしドッヂボールやりたいアル!」
「俺ァ敵を合法的にぶちのめせるやつならなんでも」
「へーへー」

 次々と出てくる意見を元に黒板に種目ごとの出場者の割り振りをしていく土方君。私はというとその隣で土方君に言われたとおりノートにそれを写している。それにしても、こんなにバラバラなクラスをそれなりにまとめられる土方君って凄い。

「バレーは練習したほうがいいかもしれないわね」
「じゃあ昼休みと放課後はどうでしょうかお妙さん!」
「ええ、私もそう言おうと思っていたし男子とは練習は別よ。勿論ゴリラなんて以ての外だわ」

 昼休みと放課後に各種目練習……とシャーペンを走らせたところで気づく。昼休みと放課後に練習? それは全員強制なのだろうか。そして私もなにか参加しなくちゃならないのだろうか。

「じゃあ女子の練習は名字に任せりゃいいんじゃねーの?」
「……は?」

 それまでは一言だって発さずにただ教室の隅っこでジャンプを読んでいたのに。ニヤニヤと口許を歪める先生の言葉の意味がわからずにフリーズする私を他所に、ホームルームはスムーズに進んでいった。とりあえず回らない頭で書記だけをし続けて、帰りのホームルームは終わったのだった。

「スケジュールとか、たてんぞ」
「え……」
「流石に、名字一人じゃ難しいだろ。俺も女子の方手伝う」

 何をしたらいいかもわからず机に戻って途方に暮れる私に、土方君の言葉はあまりにも頼り甲斐のあるもので涙が出そうになった。

「土方君が救世主と書いてメシアに見えるよ」
「なんだそれ」

 笑った土方君は本当に爽やかで、それが眩しいくらいだった。
 そして私たちはその日これからの練習日程などを立てて、女子の練習も男子の練習も同じ時間に同じ場所でやることとなったのだ。これは、単に私だけではあの個性豊かな女子の面々をまとめられないとふんでのことだ。
 帰りにZ組まで迎えに来てくれたまたこに事情を話すと大爆笑の後に目に涙を溜めて震える声で「名前が練習とか面白すぎるっすけど、頑張るんすよ」と言われた。

「じゃあ、明日の昼休みな」
「うん」

 女子の大体のポジション割りや練習メニューを考えていたら、すっかり陽は傾いてしまっていた。こんな時間まで学校に残ったのは久しぶりかもしれない。

「帰んねぇの?」
「んーちょっと」

 あまりにも夕陽が空を濃いオレンジ色に染め上げているものだから、部室で窓をあけて一服でもしたらきっと気持ちがいいだろう、なんて。
 土方君と階段で別れて、一人四階の階段裏の木と埃の匂いのする部室で窓をあけてから煙草に火をつける。部室は案の定濃いオレンジ色に染まっていて、開けた窓からは初夏のような晩春のような匂いを連れた風が舞い込んだ。
 思えば今日初めての一本だ。ゆっくり静かにめいっぱいに煙を吸い込む。肺を満たしてゆく煙に、脳が一気に快楽物質をだしていくイメージ映像が頭に浮かぶ。頭にまで酸素が行き渡ってゆく気さえする。ゆっくり吸った煙をゆっくりと吐き出す。ああ、この一本のために生きているのかもしれないなあ、なんて大袈裟なことを考えながら。

「おい」

 部室のドアノブが回される音。室内の空気が一気にドアに吸い込まれ、代わりにやってきたのは……。

「なんだ、土方君か」

 先生かと思った。というニュアンスに気づいたのか、土方君は「俺で良かったな」と笑った。

「どうしたの?」
「帰ろうとしたら窓開けて煙草ふかしてる不良見つけたからな」

 もうちょっと下がっとけ。と、私の肩を掴んで窓から一歩退かせた土方君。ああ、外から見えちゃうからって気を遣ってくれたのか。

「本当面倒見がいいなあ」
「うるせぇ」

 言いつつ制服の内ポケットから煙草を取り出した土方君。そしてその銘柄に、納得がいく。私が今までずっと土方君と晋ちゃんを似ていると感じていたわけを。

「晋ちゃんとおんなじ」
「あ?」

 煙草の銘柄が晋ちゃんと同じだ。気づけば急に土方君の纏う匂いも身近なもののように思えてしまう。

「土方君、煙草吸うんだ」
「本編ではヘビースモーカーだしな」
「爽やか青年なのに」
「爽やか青年ってなんだよ。てか突っ込めや」
「突っ込みは土方君の専売特許だから」
「過労死すんぞ、俺。にしても、学校あんまこねーくせにいい場所知ってるんだな。」

 茶化すように言った土方君に「だって私の部室だもん」と返すと、暫くの沈黙の後に「え」とさも驚いたような声をあげた。

「お前、部活とか入ってんの?」
「しかも部長」
「……意外すぎ」

 部員は私だけだということは言わないでおこう。

「いつか学校に泊まり込んで屋上で天体観測ができたらいいなー」
「んなもん申請だせばすぐだろ」

 部長なんだろ? と笑った土方君。忍び込むことしか考えたことがなかったからか、申請という方法に目から鱗が落ちた。
 オレンジの空はだんだんと青みを増して今は薄紫色をしていた。あと十分ほどで青く暗くなっていくのだろう。土方君は長くなった灰を灰皿に落としてから、短くなった煙草の火を消した。それを見て、自分のも短くなっていたことに気づき火を消す。

「なあ、」
「なに?」
「……いや、なんでもねぇ」

 言いかけてやめた土方君を特に気にはせず、一拍おいてからどちらかが言い出すでもなく部室を後にした。

「お前、家どこ?」
「……あっち?」

 校門を出たところで土方君に聞かれ、方向だけ指で示す。それにくすりと笑った土方君は「送ってく」とだけ言って私の指した方向を先に歩き出した。
 明日から、球技祭の練習が始まる。

:)131114
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -