雨だ。先生から言い渡された用事を終えて荷物をとりに教室へと戻れば、そこには私以外誰もいなかった。みんな帰るの早いな。なんとはなしに窓から校庭を見ると、水浸しになってしまった地面に更に更にと水滴が落ちる。今日は外部活は休みみたい。そりゃそうか。
そういえば傘、持ってきてなかった。もう本当に嫌になっちゃう。朝天気予報をみる時間もなかったし、もとより朝テレビを見る習慣もないけれど。初秋というにはまだ少し暑いくらいの気温が冷めていくのがなんだか少し寂しい二学期の放課後。
「あれ、まだいたの?」
「うん、ちょっとね」
先生に用事を頼まれたから。そんな一言を言うのも面倒くさく思えてちょっとね、なんて意味ありげな言葉で片付けてしまった。私のそっけないような返事にも、笑顔でそっか、なんて返す山崎君はきっと良い人なんだろう。同じクラスで、バドミントン部で、いつも優しく笑っている人。山崎君について私が知ってることは、これくらい。
「俺これから部活なんだ、名字さんは今から帰るの?」
「うん」
「……雨、酷いね」
私がそれに肯定の返事をすると、教室が寂しいくらいにひっそりと静まりかえった。こういう時自分が話し上手だったらな、と思う。思ったところで、楽しい話をできるようになるわけでもないけれど。
「傘、ないでしょ」
「……なんで知ってるの?」
予想。そう言った山崎君はまた優しく笑った。私はそんなに抜けている様に見られているのだろうか。きっと山崎君にそんな気はないんだろうけれど。
刻々と進む時間に、ふと山崎君は部活に行かなくていいのだろうかという疑問が頭をよぎる。
「あのさ、駅まで遠いじゃん」
「え、あうん」
「これ」
よかったら使ってと、なんで私が駅を使ってる事を知っているの?と尋ねようとする前に、山崎君は綺麗にたたんで袋に収められた折りたたみ傘を私に突き出した。なんだか山崎君らしい。けど、らしくない。
「え、あ……」
「嫌だったら、その辺においておいていいから」
じゃ俺部活!口元に手を当てながら山崎君は走って教室をあとにした。ああ、私ありがとうも言えてない。もう本当に最低だ。
渡された折りたたみ傘の端っこにあった少し滲んだ「山崎退」の文字が、妙に気恥ずかしく思えてしまった。
雨の日のお話
山崎くんの傘からは、人の家の匂いがした。
「どうしよう、急にあんなことしてひかれたかな、でもなんか少し近づけたような気がしないでもないし、でも…」
「あー山崎うぜェ」
「ちょ、沖田さん!俺これでも真面目なんです!」
「うぜェもんはうぜェ。おーい!山崎の好きなひとはー!」
「うわやめてくださいやめてください!」
:)120904