ゲームセンターやパチンコ屋に行って普段との周囲の音量の違いに耳がおかしくなる感覚。まさに、Z組はそれだった。当然のごとく教室の外にも漏れる喧騒にも驚いたけれど、教室に入ってシャーペンやらコンパスやら、果ては椅子が飛び交う光景には言葉を失った。教室を見渡して晋ちゃんの存在を確認できずに小さくため息をつき、私は教室後方のドアに貼られた座席票をもとに、自分の席に着席した。その間にも消しゴムと定規が頭と足にぶつかった。

「えっと、大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫。えっと……」
「土方。土方十四郎だ」
「土方君ね。名字名前です。」

 鉛筆の芯が当たった部分を擦りながら席につくと、隣の土方君が心配してくれたのか声をかけてくれた。このクラスで唯一見慣れない顔であろう私をきっと不思議に思ったことだろうに「よろしく」と笑った土方君。Z組には変人奇人問題児しかいないと勝手に思っていたけれど、彼は常識人のようだ。偏見はよくない。

「はーいお前ら席つけー」
 
 間延びした声に、それまで騒がしかった教室が段々と落ち着いてゆく。バラバラと席につく生徒を見ずに、前に立つ坂田先生は出席とるぞーと黒の出席簿を開いた。

「えーっと……いないやつは返事しろー」
「いなかったら返事できるわけないでしょ! 新学期早々出席とること面倒臭がってんじゃねーよ!」
「おおー流石ミスターツッコミメガネ。新学期早々フルスロットルだな」
「新八のアイデンティティはツッコミしかないアル。ここで出とかないと出番なくなるから必死ネ」
「ちょっと神楽ちゃんやめてくんない!? そういう恥ずかしい分析やめてくんない!?」

 黒髪眼鏡の男の子が急に立ち上がって坂田先生の言葉にツッコミをいれてからというもの怒涛の掛け合いが始まった。最初こそ三人だけだったけれど、次々とクラスメイトが加わってゆき、最終的にはクラス全体がまたガヤガヤと五月蝿くなる。あまりの連携の凄さに驚いたのも束の間、そこに参加する気も力もない私は早々に眠気を思い出し机に突っ伏してしまおうと両手を机の上に出した。このクラスはきっとずっとこんな感じなんだろうし、二限まで我慢したら部室で一服しようかな。

「あ、そう言えばクラスメイトが一人増えましたー」

 ぱんぱかぱーん、と口でファンファーレだかなんなのかわからないことを言った坂田先生の声に、突っ伏した顔を上げざるを得なくなった。顔をあげると、クラス中の視線が私に注がれていて、どんな顔をして良いものかと無表情のままで先生を見ると、彼はニッと笑う。なんだか嫌な予感がする。

「ちょっと前きて自己紹介お願い」
「は?」

 意味がわからない。いや、意味はわかるけれどそういうことではなく、そんなのただ先生が名前言ってよろしくしてやってくれとでも言えばいいことじゃないか。とそこまで思っては見たが、きっとこの転校生っぽい感じを楽しんでいるだけなのではという思いから、色々と考えている自分がバカバカしくなって先生の言うとおり立ち上がり前にでた。

「はじめまして。2Cからきました名字名前です。
よろしくお願いします」

 パラパラとまばらな拍手が起こり、こんなもんでいいだろうと私が勝手に席に戻ろうとすると、突然肩を掴まれてすこし後ろに仰け反った。

「な、なんですか先生」
「おーい、誰かなんか質問とかねーわけ?」

 さっきまで名前も知らなかった女生徒に対して質問なんてあるわけがない。私が芸能人とかなら話は別だがそんなことはないし、学園の人気者でもない。そんな人間に急に興味なんて持てるはずがないじゃないか。こんなん公開処刑もいいとこ……。

「はーいはいはい!」
「おーじゃあ神楽」

 次々と上がる手に騒がしさの増す教室。私の考えとは裏腹に、私への質問が次々に浮かんだのだろうZ組の生徒達はきらきらした目で私を見ている。

「はい! 名前は酢昆布好きアルか!」
「え、嫌い、じゃないけど……」
「キャッホォォォウ! 酢昆布同盟アル!」
「チャイナァ、つまんねー質問してんじゃねェや。先生、俺も」
「はい、沖田」
「名前さんはS、Mどっちなんだィ」
「おめーの質問のがくだらないアル!」
「はいはいはーい!」
「はい、ゴリラ」
「ゴリラと人間の恋愛についてどう思いますか!」
「え、あの、いいんじゃないかな。双方納得してたら」
「お妙さん名字さんからの認証も得ました! もう僕らを邪魔するものはなにもグボァ!」
「はい、先生」
「は、はい、志村さんどうぞ」
「名字さんも、ゴリラは動物園に帰るべきだと思うわよね?」
「あ、はい……その通りだと思います……」

 次々と質問が飛び交う中、ゴリラと呼ばれていた男子生徒が志村さんという女生徒にタコ殴りにされていた。その壮絶な光景にも驚いたけれど、なによりも周りが全く気にしていないことに驚いた。ここのクラスは一体どうなっているんだろうか。

「ちょっと坂田先生! 二限とっくにはじまっちゃってますよ!」
「え、ああすんませーん。お前らーさっさと準備しろー」

 確かにHRにしては長いとは思っていたけれど、そんなこと気に留める余裕もないくらい質問の流れが凄すぎて一限が終わっていたことにも気が付かなかった。時間割を見ると一限は国語となっているから、先生の判断でHRを続行させたんだろうな。英語の先生が前に立つのをやっと自分の席に戻ってから眺めていると、ふとあの掛け合いの最中沖田という男子生徒におちょくられていた土方君のことを思い出す。

「疲れたろ? ごくろーさん」
「ありがと。沖田君と仲良いの?」
「あ? んなんじゃねーよ。腐れ縁だ」
「へえ」

 凄みがちょっと怖いくらいで、土方君を完全なさわやか好青年と認識していた私にはちょっとした衝撃だった。例えるなら、そう、晋ちゃんみたいな。晋ちゃんは二年間このクラスで過ごしていたわけだけど、一体どうしていたんだろう。このクラスでの晋ちゃんはどういう感じなのだろう。

「ねえ土方君」
「あ?」
「晋ちゃんって、普段どんな感じなの?」
「晋ちゃん……って、もしかして高杉か?」

 そうだけど、という途中で堪えきれないというように土方君は笑い出した。思えば、晋ちゃんに人前でその呼び方すんなとよく言われていたことを思い出す。

「わ、わりぃ。名字は高杉と仲良いのか?」
「数少ない友達の一人ではある」
「お前、変わってんな」

 さっきの余韻を引きずりながらまた笑った土方君に、先生がこっち見てるよ、と忠告するとやべ、と教科書を見ているふりをした。なんだかこの反応は新鮮だ。

「高杉はなんつーか、学期末になると教室にいることが増えるな」
「それ出席日数がやばいからでしょ」
「まあ、教室来てても基本寝てるな。たまに誰かと話してるけど」
「え! 喋る人いるの?」
「お前何気に失礼だな。あー沖田とかは話しかけてるのよく見るな」

 沖田君とは先ほど私にSかMか聞いてきてお団子頭の確か神楽ちゃんと言い合いをしていた人のことだろう。学ランの下にスーパーマンTシャツを着ていて、見た目優しげな顔をしたさわやかっぽい感じの。

「あの爽やかそうな人?」
「お前、見た目に騙されんなよ。あいつは悪魔だ」
「悪魔?」
「とんでもなくドSだ。腹黒いし、まあ総合して悪魔だ」
「ほー」

 沖田君のことを話すときの土方君は苦虫を噛み潰したような表情をしていて、これは沖田君に相当恨みがあるものと見た。とにかく、きっと晋ちゃんはそんな性格の沖田君とは少し気が合うのかもしれない。なんだかんだ言っても、晋ちゃんはクラスでうまくいっていたんだな。

「それにしても名字が高杉の……」
「土方君! 私語は慎むように! 罰としてこの問題前に来て解いてちょうだい」
「わわ、ドンマイ」

 教科書で顔を隠しながら土方君にそういうと、土方君はさも面倒くさそうな顔をして立ち上がった。
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