「このティータイムもお約束っぽくなってきたわね。・・・小松シェフ?」 「は、はい・・・」 ボクはまたもやウーメン事務局長に呼び出されています。 何故にボクが事務局長に呼ばれているのか・・・その理由は今回はさっぱり分かりません。 『恋人募集中』の話題も、漸く下火になってきたんです。なので先日、今まで使っていた裏口ではなくて職員専用口からの出入りに戻したのですが・・・ 「小松シェフ?」 「は、はい!」 事務局長のサングラスが鋭く光ります。ボクは更に縮こまりました。 「先日来店したお客様からね、出された料理の件でお電話があったそうよ」 「電話・・・」 まさかのクレームだ。不備が有ったならその場で言ってくれれば、ボクだって誠心誠意対応させて頂くのに・・・ 何だろうか。ここ数日間で不機嫌そうに席を立った客なんていただろうか。全く聞いてない。何かあったとしても、その日のうちに全て報告されるはずだ。 「あの・・・どの料理にクレームがあったんでしょう」 「『水』って言ってたそうよ?」 「え?」 「クレームじゃないわ。注文よ?」 ビクビクして次の言葉を待っていたボクは、事務局長の言葉を理解するのに時間がかかった。 「『懐かしい味の水』って。なんでもご友人たちにその話をしたら、是非飲んでみたいって」 「あ・・・・・・」 ボクの肩から力が抜けた。 「支配人はそんなメニュー無いって答えたのよ。そしたら先方が、料理長がお祝いとして出してくれたって。ホントなの?」 「そ、そうです。確かにボクがお出ししました。・・・お礼状も頂いてます」 ボクはあの水をお出しした経緯をかいつまんで話した。 「なるほどね。」 「スミマセン・・・料理で無いので、伝票にも漏れていたと思います」 「謝らなくて良いわ。お客様を喜ばすと言う意味では的確だわ。」 「あ、ありがとうございます」 「問題はあーた、今自分で言った通りよ。水じゃお代は頂けないじゃないの」 「あ。・・・そうですね。どうしましょう」 ボクは俯いた。 「イヤン!冗談よ冗談!それに併せてコースメニューを予約したいって話よ。・・・団体様で」 「ホントですか?!」 「で、出せる訳?20人弱よ?」 「はい!手配できるか、すぐ確認します!」 「OKならその場で発注よ」 「はい!」 早速雪さんのお店に連絡を入れないと。ボクは事務局長に頭を下げて、部屋を出ようとした。 と、事務局長はわざとらしく咳払いをして、ボクを呼び止めた。 「ところでシェフ?『懐かしい味』ってどんな味なの?」 「あ、それはですね、こう・・・」 ボクは花の蜜を吸うジェスチャーをした。 すると・・・事務局長はポッと頬を赤らめた。 「シェフったら・・・いつの間にそんなイヤンパクトな行動をっ」 「・・・事務局長?」 「なるほど確かに懐かしいわ・・・・・・キスの味v」 「わ゛ーーーーっ!!ちがいますっ!!」 雪さんの店には、部屋を出てすぐに電話した。 『まさか一流レストランから注文が入るなんて!ビックリと言うより怖気づいたって方が合ってるかも』 『大丈夫です!雪さんの花は格別ですから!』 『今日は嬉しくて眠れないよ。ところで、いつまでに用意すれば良いのかな?』 『出せるかが分からなかったので正式な予約はまだ受けてないんです。先方に連絡が取れてからまた電話しますね。それと・・・』 『何?』 『今のとは別に、いくつか用意して貰っても良いですか?ボクの上司がどんな味か知りたがっているんです』 『了解。色違いの花もあるから、それもストックしておくね』 『良いんですか?!嬉しいです!』 『こちらこそ。ありがとう小松くん』 『と、とんでもない!今度の休みに取りに伺いますね!』 無事、雪さんのOKがもらえたボク。嬉しくて嬉しくて、知らず小走りになっていた。 早速お客様に連絡してもらって、日時を決めてもらおう。それから雪さんに電話して・・・味見用の花、その足で取りに行こうかな。早くウーメン事務局長にも味見してもらいたい。何て反応するかな。っていうよりもさっきは参ったな。懐かしいって言ってるのに、何でそれがキスになるんだろう?もしかしてボクのジェスチャーがまずかったのか?雪さんと同じようにしたつもりだったけど・・・ん?ひょっとして二つが似たような動作って事?確かにちゅっちゅってするけれど。・・・あの時はそんな事考えなかったけど、確かに雪さんの口も・・・・・・・・・あああ何考えてるんだボクったら。 店の入り口で、『逆上せるほど急いで戻って来なくても』と支配人に苦笑された。 「す、すみません」 「いや、でもそうしてくれて助かったよ。いい加減対応できなくなってきててね」 「え?」 支配人はメニューを持っている。その右手は、人差し指がぴんと立っている。 これは、特別なお客様がいらしているという合図。最近はもっぱらトリコさんオンリーの意味合いになっているけれど。 「分かりました。すぐ対応し」 ・・・と言いかけたら、支配人の右手の人差し指に・・・中指、薬指、小指。きっちり揃えられた。 「え゛」 凄く嫌な予感がした。 ← → ←目次 |