「ウソ。」 「えっ?!知らなかったの?!」 アタシは、燈子の言葉に答える事ができないまま固まった。 今日は、10月29日。 いつもと変わらない一日と思っていた。 その日が、ココさんの誕生日だと言う事実。 それを目の前の燈子とその彼のトリコくんに、たった今聞いた。 もうすぐ日が暮れる、帰り道での事。 「ココさん、今まで何も言ってなかった?」 燈子の言葉に力なく頷いたアタシ。 「てか、ココに今日は会ってねぇのかよ?」 トリコくんの言葉にも頷くアタシ。 と言うよりもアタシ。 「……ココさんの彼女じゃないから。」 アタシの親友の燈子がトリコくんとお付き合いするようになったのが半年前。 トリコくんにもココさんと言う親友がいて、いつも一緒に行動している親友同士、自然と顔見知りになって。 何となくの流れで4人でいる事が多くなって、4人であれこれ出かけたりなんかもして。 そんな、どこかにありそうな物語。 ただ一つ違ったのが、アタシ以外の3人が、とんでもなく美男美女だって事。 その中にフツーの女の子なアタシが混ざってる光景は、異色と言うより異様で。 周りの女の子には嫉妬されて、勿論今だって『不釣合い』って言われ続けてる。 ココさんは優しいから、そんなアタシでも邪険にしないで相手してくれるけれど。 アタシは、自分からは絶対に声すら掛けられない素敵な人と一緒にいられる毎日に、思いがけない幸運って本当にあるんだなって……浮かれている。 そう。浮かれてるだけ。 だって。 アタシじゃ、本当にココさんに釣り合わないもの。 いくらココさんの事、ずっと好きだったからって、かなわないのは分かってるもの。 それくらいは、他の女の子に言われなくったって、ちゃんとわきまえてるんだ。 それでも。 「どうしよう」 誕生日のプレゼントくらいは、しても良かったよね? 「どうしよう」 アタシ、何も用意してないよ。 「あー…アイツは昔からそうだったな」 アタシは、半泣きだったのかもしれない。 トリコくんが溜息混じりにアタシに言った。 「アイツ、いつも肝心な事を言わねぇんだよ。聞かれるのを待つ、って言うの?」 アタシは俯いてしまった。 そんな、気軽に聞けるような事じゃないよ。 「それって、聞かなかった方が悪いって事?」 燈子がアタシを庇って、トリコくんに反論している。 「いや、そーじゃなくてよ?…何てゆーか」 トリコくんは彼女の様子に気まずそうに言った。 「誕生日に限らず、雰囲気で気付いて欲しい、ってゆーかさ?」 うまく説明できなくて困っているみたい。 「……じゃあ、本人に聞くか?!」 トリコくんは彼女の冷たい目に参ったとばかり、携帯を手に持った。 「あれ?メール入ってたわ」 悪ぃ、とその画面を見たトリコくんは、そのまま暫く呆然とした。 「トリコくん?」 トリコくんの脇腹を燈子がつついた。 トリコくんはつつかれた脇腹をガードしつつ、アタシと燈子と携帯を交互に見ながら不思議そうな顔をして、少し考え込んで。 そして、突然噴き出したかと思ったら、苦笑しつつアタシに向かって言った。 「あのよ、大至急ココに伝えてくんね?」 突然の言葉に、アタシはきょとんとしてしまった。 「ココの誕生日、これから祝ってやる、って」 アタシは、二人と別れて、一人で図書館に向かっていた。 さっきのトリコくんの携帯はココさんからのメールで、今図書館にいるという連絡だったそうだ。 そして内容は、『ボクの誕生日を祝って欲しい』 トリコくんはちょっとお祝いの用意をすると言って、慌てて燈子とどこかに走って行ってしまった。 もちろん、アタシもお祝いする。 何も持って来ていないけれど。 せめて、おめでとう、と気持ちだけでも伝えたい。 そう思いながらも、果たして広い館内で会えるのかとドキドキしながら歩いた。 いつもより早足で、図書館の前まで来た。 肌寒いけれども、早足のお陰で体が温まっていた。 頬がポカポカしていたので、ちょっと両手で押さえてみた。 あぁ、きっと真っ赤になっているだろうな、と少し恥ずかしくなった。 そのまま図書館の入り口に目をやると、ちょうど閉館時間らしく、ココさんが出て来る姿が見えた。 ココさんは俯いていた。寂しそうだった。 「ココさん!」 アタシはココさんに声をかけた。 普通に言ったつもりが、思ったより声がかすれていた。 でもココさんはそんなアタシの声に気付いた。暗い表情がぱっと笑顔になった。早足でこちらに来てくれる。 アタシの前に立ったココさんは、笑顔だけれどどこかそれが強張っていて。 張り詰めた雰囲気のココさんにアタシはドキリとした。 「ゴメン。突然でビックリしたよね。」 「え?あ、あの、うん」 アタシはココさんに見とれてしまって、おかしな返事をしてしまった。 そして、つい用事を忘れて自分の気持ちを口走ってしまった。 「今日がお誕生日だって、ホント?」 「…うん。そうだよ」 「…知らなかったから…ごめんなさい。何も用意してないの」 ココさんは、クスッと笑った。 「良いんだ。おおっぴらに言うと、周りがうるさいから…」 困ったような笑顔に、あぁ、と思った。 クリスマスとかバレンタインとか、そんなイベントデーだけじゃない。いつだってたくさんの女の子に囲まれているココさん。 それを嬉しがるどころか、いつも困っているようなココさん。 アタシだって、いつもそんなココさんを遠くから眺めていたじゃない。 アタシはココさんに微笑んだ。 「改めて。お誕生日おめでとう。ココさん」 「……ありがとう。かなこちゃん」 ココさんもアタシに微笑み返してくれた。 プレゼントはまた今度、と言おうとして、はっと気付いた。 「あっ。メールの返事です」 ココさんの表情がまた強張った。 アタシは不思議に思いながらも、トリコくんからの言葉をココさんに伝えた。 「ココさんの誕生日、お祝いします」 ってトリコくんから、と言おうとしたアタシは、ココさんの顔を見て言葉を失った。 ココさんの目が、今までに無いくらい大きな目で。 その大きな目で、真っ直ぐ、アタシを見ていた。 その表情は、とても嬉しそうで、どこかホッとしているようで。 少し潤んだ瞳が、アタシの顔をユラユラと映していた。 「…ココさん?」 「本当に?」 アタシは黙って頷いた。 ココさんは 「嬉しい」 一言そう言うと、アタシをギュッと抱きしめた。 アタシのおでこに、ココさんの頬が当たった。 冷たくなったおでこに触れる、熱い肌。 ……え?! えっ……?! えええええ?! アタシの思考回路が停止したのと同時に、パアァァァン!!と大きな破裂音が響いた。 「おめでと〜!ココさん!!」 今のは…燈子の声だ。 「良かったな〜!ココ!」 これは……トリコくんの声? 二人の声に、ココさんははっとして顔を上げた。 おでこに触れていた頬が、アタシの目に入った。 あの温かさと、この赤さと。 大きな破裂音が、クラッカーだった事と。 トリコくんの良かったな、という言葉と。 アタシは理解不能なまま立っていたけれど、それはココさんも同じだったみたいで。 「何で、お前がここにいるんだ?!」 とトリコくんに向かって動揺した声を出した。 「何でって……祝ってやろうと思って」 そう答えたトリコくんに、燈子が何やら囁いた。 「おっ。そうそう。転送転送!」 トリコくんはそう言うとおもむろに携帯を取り出して、何か操作しだした。 チラとココさんを見て、ニヤっと笑った。 と一息置いて、アタシの携帯にメールが来た。 「ね、ね!早く見て?!」 燈子に促されて、アタシは携帯のボタンを押した。 『 突然ですが、今日は、ボクの誕生日です。 散々迷っていて、今日まで言えませんでした。 ボクからのお願いなのですが。 あなたに、誕生日を祝ってもらいたいボクがいます。 良かったら、祝ってもらえませんか? 今日も、できれば来年もそれ以降も。 願いが叶う事を祈って、図書館で待ってます。 ココ 』 「テンパリすぎて、送り先間違えたんじゃねぇの〜?!」 トリコくんが向けた携帯の画面を見たココさんは、大きく息を吸って、そのまま耳まで赤くなった。 アタシは。 アタシは………… 「さっきトリコくんに聞いたの!ココさんは前にこう言ってたんだって」 『おかしいな。占いではトリコとボクは、立場が逆だったんだがな』 『何の立場?』 『いや、付き合っている二人と、その親友って立場がさ』 『おま、まさかオレのカノ』 『え?違う違う!……トリコたちが、ボクたちのお互いの親友同士って所から始ま…』 『……ふーん……』 『…………』 『何か言えよ?』 『…………』 その後、図書館の受付にいた人が突然の爆音に凄い形相で走ってきたけれど。 その人よりもアタシの顔の方が物凄かったみたいで。 アタシを見たその人は苦笑いして騒ぎを許してくれた。 アタシは。 アタシは、ココさんの手をしっかり握ったまま………… わんわんと声を上げて泣きじゃくっていたの。 ごめんなさい。 涙が止まらないの。 来年は。 その後も。 笑ってお祝いするから。 今年は、泣いてしまってごめんなさい。 オメデトウ、ココ!! |