夢の追憶の事 [ 2/2 ]

汝の夢とは何か




そう問われ、即座に答えを割り出せる者は居るかもしれないが、それは常に夢を思い描いている者が出来ることなのであろう。例えば自らの未来の姿を思い描いたもの。世界に佇む人々の行く末を見ようとする者。傍に居る大切な人の、確固たる幸福を望んだもの。未だ嘗て己が感じたり、知ったことのないような摩訶不思議な世を垣間見た時。桃源郷と呼ばれる不可侵の世界を知った時。過去に起こり我が胸の奥に深く爪痕を残していった、鮮烈な記憶のこと。人によって夢など、捉え方や影響はそれぞれ違う。ただそれだけのこと。どう捉えようが、どう受け止めようがそれも勝手なことを言ってしまえば、個人で片付ければいいことなのだと私は考えている。人にそれを語れば、お前らしいと笑われてしまうが。






仙人界の澄んだ空気を含んだ風が、ある一室の窓を通り抜け居眠りをしている仙女の髪を靡かせる。まだ明るい日差しが靡いた夜を抱いたような彼女の髪を照らし、それは夜に揺らぐ風を思わせた。風の悪戯にも起きる気配のない女性の姿を見て、静かに、しかし確かに気落ちした息を落とした人物が居た。それこそ先ほど元始天尊との会話を負え、封神計画について語ったばかりの太公望だ。未だに彼の左手には封神の書が握られており、そのまま彼女の元へと訪ねたことが伺える。如何したものかと暫く悩み、また出直そうかと考え出し久しく訪れていなかったこの部屋を何となく見渡してみた。

そこは一見ただの部屋のように思えたが、天井は透き通った硝子で板張りされておりその上には蓮池が広がっていて酷く幻想的な造りであった。地下室のように地に掘られた部屋の外壁にも同じく板張りされた硝子の中に、様々な小魚や水草、花々がどういった技法かは定かではないがそれはまさしく仙界に相応しいような日の光の煌きと、水の透明感が共存し、花々による影が心地よい涼しさを生み出す彼女専用の部屋。机の周りに限らず、薬学や医術・煉丹術の研究に長けた仙女に与えられた洞の周囲はこの部屋以外にも丹となる薬草や漢方が所狭しと整頓され並べられていた。何時訪れても変わることのないこの不思議な居心地の良さは、太公望が彼女と知り合ってから不変することのない風景の一つであった。失ってしまうには勿体無いとも思えるようなこの心地よさ。修行として以外にも、足を運ぶ理由はこの部屋を眺めるという理由だけでも十分な程であるように。

どれぐらいそうしていただろう。
時を計るものなど供えていない、それこそ達観した者にだけ許されたこの地の流れに気を許していたためか、太公望の前に在る机の上の小さな存在にようやく目を留めた。

穏やかな木陰の中に僅かな光でも黒く艶めく立派な毛並みを持ち、紺碧の小さな双眸で太公望をじっと見つめている子猫。一見迷い込んだやつかとも思えるが、天空に存在するこの地での迷い動物など高が知れているし、何より尾が二本分かれている先に静かな揺らぎを灯す青白い炎がただの子猫ではないと判断できた。初めて見た時は驚いたが、太公望はその者が何なのかを知っている為に静かに笑みを浮かべた。久しぶりだのう、と。



『……見ての通り主は休憩中だ。汝は急ぎの用か』


「何、ちょっと寄っただけだ。元始天尊様の傍におらんかったから、何となくは把握しておったよ」



へらりと笑った太公望とは裏腹に、その可愛らしい外観からは想像できぬような重い口調で口を開いた子猫――正しくは今まさしく話題に挙がっている仙女の使いでもあり、友でもある霊獣の六花は太公望へと向けていた視線をふと外した。彼も釣られてその流れに倣ってみれば、先ほどまで確かになかった女性の口元には朱塗りの煙管が銜えられており、静かな風の流れにその煙が漂っていた。



「気構えする必要なんて要らないって何時も言ってたでしょうに、望や。アンタはアンタらしくすれば良いのさ」



そう起き抜けの半眼のままで笑った女性、嶺遠の笑みを見て太公望は思わず瞬きを繰り返した。何もまだ語っていないというのに、何も言わなくていいとでも言いたげなその有無を言わせないような。それでいて酷く唐突で、すとんと入るその言葉。何時だってこやつはそうだったと、何度目かもうわからぬほどの驚きと、少しばかりの安心感を。



「……嶺遠には敵わぬよ」



だが望や呼びはやめんか、と無意識のうちに口を尖らせた太公望のその顔を見て彼女は大げさな位に笑った。

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