いつだったかに強制的に交わされたみょうじなまえとの約束を果たすために、今自分は駅に立っている。
 本当ならめんどくさくてたまらないが、断わった瞬間どうなるか分からないそんなチャレンジ自分は御免だ。

 待ち合わせは九時。
 時計は十分前を示している。

 みょうじなら一時間以上前からここにいても可笑しくないとふんでいたのだが、どうやら予想が外れたらしく、まだその姿は見えない。
 自分だけがこうして待ってると、まるでこの日を楽しみにしていたみたいで、誰かに見られたら誤解でもされそうだ。


「、マサキくんっ!」


 時計はもう九時を回った。
 来ないのなら帰ってもいいだろうかと考え出したところで、聞き覚えのある声が響いた。

 声のほうへ振り向くと、肩で息をしているみょうじが、乱れた髪の毛を気にしながらそこに立っていた。


「遅れてごめんなさい、準備に手間取っちゃって……」


 ごめんなさい、待ったでしょ?
 そういつもの様子からは考えられないほどのしおらしさで言ったみょうじは、一通り身だしなみを整え終わったのか笑顔でオレの隣に並んだ。 いつもとすこし違ってみえるのは、はじめて見る私服姿のせいなのかもしれない。
 相変わらず外面だけなら完璧だ。


「マサキくんどこに行きたい?わたしマサキくんと一緒ならどこでもいいよ」
「……映画、観たいって言ってなかった?」
「え、覚えててくれたの?」


 頬を赤く染めて嬉しそうにこっちを見つめられても、残念ながら全部の話を聞いてるわけじゃない。
 そんなの聖徳太子にだって無理だろう。

 ただ珍しくみょうじがオレに関係ない話で、今観たい映画があるって言っていたのが珍しくて記憶に残っただけだ。
 肝心のタイトルはあのマシンガントークでは聞き取れなかったが。


「じゃあ映画でいい、かな?」
「いいけど、何映画だっけ」
「恋愛ものなの。……マサキくんはアクションとかのほうが好き、かしら?」


 そりゃあテンプレートのようなラブストーリーなんかより、派手なアクションを見てたほうが面白いに決まってる。


「みょうじさんさ、変な遠慮とかいらないから」
「え、」
「自分が観たいならそれでいいじゃん。てか遠慮するとこ変」

 そんな小さいとこで遠慮するくらいのメンタルでよくストーカーなんて出来たな。

 もし霧野先輩がここにいたら烈火の如く怒り出して、おまえのほうこそもうすこし謙虚になれとか叫んでくるだろう。
 刺されるんじゃないかとビクビクしていた頃の自分が懐かしくなってくるくらいに、今日のみょうじなまえは女らしくふるまってる。


「で、みょうじさんはなにが観たいの」


 恋愛ものが観たいです。
 遠慮がちにそう笑ったなまえは今までで一番可愛く見えた。

 もともと顔は悪くないんだ。悪いのはストーカー癖だけ。ならそんな短所が見事に吹き飛んだ今、みょうじがこれまで自分の生活を脅かしてきた人間とは思えない。
 横でうっとりとした表情でスクリーンを眺めるみょうじはどこからどう見ても普通の女。

 ヤンデレなんてお断りだと思ったが、ヤンデレも言い換えれば一途になる。
 なぜか落ち着かない鼓動を抑えながら、そんなことを自分は考え続けていた。


「映画面白かったね」


 その一言で我に返ったが、今いるのはどこかの寂れた公園。映画館を出たことすら気づかないくらい自分は考えていたらしい。


「なにか考え事?」
「え、いや……なんでもないよ!」
「そう?ならいいんだけど」


 こてん、と首を傾げる動作にまたドキドキする自分。

 だがちょっと待て。いくら言い方を変えてもストーカーはストーカー。これはただの吊り橋効果って奴なんじゃないだろうか。


「今日は付き合ってくれてありがとう。マサキくんには嫌われてるかもって思ってたから嬉しい」


 わたし、昔からそうなの。好きな人が出来たら暴走しちゃって。
 ブランコをゆらゆらと動かしながらみょうじがポツリポツリ語っていく。

 いつもの自分なら、自覚あるならやめろよとかなんとか思うんだろうが、何故か気持ちがみょうじのほうに傾きはじめている自分は真剣に耳を傾ける。


「友達なんてずっと拓人くんと蘭丸くんしかいなくて……。だから今日は本当に嬉しくて」


 たしかに天馬くんには「嫌いじゃない」って答えたけど、イコール好きってわけでもなくて。だけど胸は五月蝿いわけで…………落ち着け自分っ!


「わたしね、マサキくんのことが本当に好き。マサキくんはわたしのこと、嫌い?」


 一生懸命気持ちを伝えようとこっちを見つめてくるみょうじに、自分の顔が赤くなるのが分かった。出会いはオレの嫌がらせだとか、こいつはストーカーという事実だとか、キャプテンと霧野先輩が大切にしてるとか、そんなことどうでもよくなるくらい。吊り橋効果でもヤンデレでもけっこう。いっそう熱を集める顔を膝に埋めながらポツリ呟く。
 嫌いじゃない、


「オレも好き、多分」

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