ーー思えば、最初はただの好奇心だった。
 キャプテンがよく話をしてるし、なにより霧野先輩がかなり大事にしている幼なじみだっていうものだから興味が持った。

 耳に残った名前を探すと、偶然にもその幼なじみは俺と同じクラスであったようだ。そのおかげもあって、暇な授業中いつでも彼女を観察することが出来た。
 容姿はそこそこ。頭脳も平均以上で教師からの信頼も厚い。幼なじみ二人のガードが固いせいか友人には恵まれていないようだが、悪い噂一つない。
 帰宅部らしいが、放課後たまにサッカー部を見学しに来ることもあるらしい。浜野先輩によるとキャプテンも霧野先輩も幼なじみにはでれでれの様子。

 確かにこんな絵に書いたような幼なじみがいれば、誰だって大切にするだろう。だが、俺にはそんな完璧な人間いるとは思えない。どうせ男に媚び売るために猫でも被ってるんだろうと穿った見方しかできなかった。

 そこでだ。むくむくと好奇心が湧いてきた。大事な大事な幼なじみが泣いたら、霧野先輩はどんな顔をするんだろうか。
 自分がサッカー部に入ったばかりの頃、そりゃあ色々したが、女みたいな外見に反して先輩はなんとも男らしかった。気の弱い人間なら泣くだろうところを普通に睨み返してきた。
 今となってはもうあんなことしようと欠片も思ってなかったはずなのに、幼なじみのことを知ってからどうしようにも気持ちに抑えが効かないのだ。

 霧野先輩はやっぱり怒るのだろうか。それとも大切にしてるのはポーズで、実はどうでもいいとか。いくら考えても答えに辿り着かない。
 それになにより、その幼なじみーー名前はみょうじなまえというんだがーー彼女がいったいどんな反応をするのか気になった。

 思い立ったら吉日。霧野先輩と当人以外には気づかれないように、そっと嫌がらせをはじめてみた。
 曲がり角でうっかりぶつかってみたり、部活の見学に来た彼女にうっかり水をぶっかけたり、借りたシャープペンの芯をうっかり全部折って返したり。
 我ながら小学生みたいなことしかしていないが、塵も積もればなんとやら。そろそろストレスも溜まってきただろうに、みょうじはなんの反応も返してこなかった。
 まさかこちらが悪意を持っていることに気づいていないのかと、一度彼女が落とした消しゴムを目の前でわざとらしく踏みつけてみた。そのときですら普通に笑いかけてくるような人間だったから、途中で彼女に期待するのはやめた。猫かぶりであっても鈍感であっても、突き抜けると気持ちが悪い。

 なにより、一番の問題は霧野先輩だ。
 大切な幼なじみのことだ。霧野先輩がこれを知らないはずがないのに、こちらも何の反応もない。
 だから流石にちょっとつまらなくて、みょうじの鞄から靴箱まで画鋲で埋めつくしてみたら、ようやくお呼び出しがかかった。

「狩屋おまえ……最近なまえにちょっかいかけてるだろ。なにがしたいんだ?」

 淡々と紡がれる言葉に、白々しく「なにも知りませんよ」と返す。
 どうせなら「俺の幼なじみに手出すんじゃねえ」みたいに三流映画に出てくるような台詞を期待していたのだが、次に聞こえたのは霧野先輩の怒声じゃなくてため息だった。それも心底呆れたとでも言いたげな。

「言っとくけどな、あいつに手出すのだけはやめとけ。もう手遅れかもしれないけど、困るのはおまえだからな」
「は?」
「とりあえず、俺は忠告したからな」
「え、ちょ、先輩?!」

 長くなると思っていた呼び出しは「まだ続けるつもりならちゃんと責任とれよ」という雑な一言で終了した。その間五分。
 期待に反してとかいうレベルではない。この展開は予想していなかった。呑気に手まで振りながら去っていった霧野先輩に開いた口が塞がらない。

 大事そうに見えた幼なじみも本当はその程度か。ちょっと失望。
 じゃあなんでわざわざオレのところまで来たのか。その幼なじみに「霧野クンの後輩がいじめてくるの助けて」って言われて仕方なくとか?うわ、つまんない。画鋲詰めるのけっこう大変だったのに、ホント無駄。

 けどこのまま終わったら本当に面白くない。どうせなら最後にあの化けの面剥がしてやりたい。教師からの信頼も厚いみたいだし、次の試験でカンニング騒ぎでも起こしてやろうか。


「狩屋マサキくん、すこし話があるんだけど、いいかな?」


 なんて考えていたらまさか向こうから来るとは。これは霧野先輩からの報告でたいしてオレが反省してなさそうだから直接対決で解決、って?大人しそうに見えてやっぱ女って怖え。

 人気のないところがいいわ。
 そう言ってわざわざ普段使われてない校舎まで連れてくるなんて、人に見られたくないことこれからしますよーって自分から言ってるようなものじゃん。


「それで話ってなんですなまえさん?オレなにかしましたっけ?」


 あくまで白を通す。これで彼女がキレて殴りかかってでもきたら、本当におもしろいんだけど。それともヒステリックに泣き叫ぶ?それは出来るだけ遠慮したいな、五月蝿いだけだし。

 けどみょうじなまえがとった行動はそのどれでもなく、つかつかとオレに歩みよってきたかと思えば、次の瞬間には女とは思えない力でオレの両手を握りしめていた。


「月山国光戦わたし見たの。狩屋くんってすごいのね。あのボディーバランス、なんてすばらしいの!いったい何をしたら身につくのかしら。あ、もしかして天賦の才ってやつ?さすが狩屋くん!必殺技もすごくかっこよかったもの。もう狩屋くんがいればこれからの雷門は負けなしね。来年にはキャプテンになっちゃってるんじゃないかしら?もしそうなったら……キャッ!とても口には出せないわ。あ、けどもしそうなったら人気者になりすぎて練習に集中できないかしら。もちろん狩屋くんは今でもすごく魅力的だけど、そうなったらわたしがファンの子なんて皆蹴散らすから任せてね。誰一人狩屋くんに近づけさせやしないわ。そしてわたしが一番の特等席で毎日狩屋くんの活躍を眺めるの。ビデオやカメラに残すってのもいい案かもしれないけど、そうしたらわたしがレンズ越しでしか狩屋くんの活躍を見られなくなるもの。だから許してね。もちろん狩屋くんがどうしてもって言うなら三脚を持ってきて撮影するけれど、固定カメラなんかじゃ狩屋くんの魅力は伝えられないと思うわ。狩屋くんの魅力は誰にも負けないもの。拓人くんよりも蘭丸くんよりも素敵だってわたしちゃんと理解してるわ。だから蘭丸くんったら怒っちゃったのか、狩屋くんのところへ行くなって今日までずっと邪魔されてたの。狩屋くんがわたしの行く場所に先回りして会いに来てくれたり、シャープペンの芯を折ってまでわたしに構ってほしそうにしてくれてたのにホントごめんなさいね。水をかけてきたのも蘭丸くんを見てばっかりだったから妬いっちゃったのね。わたしは狩屋くん一筋なのに。だけど今回画鋲が机にも鞄にも靴にもぎっしり詰まってるのを見てわたしったらこんなに狩屋くんを怒らせてしまったと思ってすごく後悔してるの。だけどわたしも実はずっと狩屋くんのこと見てたのよ。蘭丸くんから話を聞いてから毎日見てたの。だから狩屋くんがマネージャーさん達とケーキを食べてるのを見たときなんてすごく嫉妬したわ。呪い殺したいくらい。けどこのくらいで焦ってちゃ狩屋くんには相応しくないからわたし必死で我慢したわ。本妻だからドッシリと構えてないといけないものね。あ、じゃあ狩屋くんって呼ぶのもおかしいわよね?これからマサキくんって呼んでもいいかしら?ああ恥ずかしくて心臓がドキドキ言ってる。もちろんマサキくんもわたしのことはなまえって呼んでね。あ、けどマサキくんにそんな風に呼ばれたらわたしの体もつから――――……
うふふ、ちょっと喋りすぎちゃったね」

戻る
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -