パチリ目を開けるとそこには私が意識を飛ばす前とほぼ変わらない景色が広がっていた。ほぼ、と言うのはただひとつ決定的に違うものがあったからだ。


「ようやく目が覚めたみたいだな」


人の部屋だと言うのに、ソファーに座り暢気に珈琲を口にする姿はたしかにそれだけで品を感じられたが、この男ーーガンマが何故ここにいる。逆にこの部屋にいたはずのエイナムは影も形もない。それを確認してすこし安心するのは、今彼がここにいてもどんな態度で接すればいいのか分からないからかもしれない。


「……今何時で?」
「四時をすこし回ったくらいだ。ようやくと言ったが君が気を失ってから三十分ほどしかたってない」


“三十分ほどしかたってない”。それが分かるのは私が気を失ってからずっとここにいる人間だけ。意識を失う前に聞いたドアの男の正体はどうやらこの男だったらしい。

まだすこし頭はくらくらするが、いつまでも部屋に篭っているわけにはいかない。何故エイナムがあんな行動に出たのか、それが分からずとも原因はおそらくベータ様の流した噂だろう。その何かが彼をあのような行動をとらせてしまったのなら、早急に彼女と話をしなければならない。


「ベータならもうここにいない」


扉につけられたセンサーが反応するかしないか、といった位置まで足を進めたところで男が口を開いた。何も言っていないのに何故分かったのだろう。カップに注がれた珈琲を眺める彼からは何も読み取れそうにない。


「今は織田信長の時代にいる。もちろんミッションで」
「……そうですか、ありがとうございます」
「エイナムのところへ行くのもやめたまえ。彼も今は忙しいはずだ」


ベータの後を追って戦国時代に向かう準備に追われているはずだからと続けるこの男は、私の考えをどこまで読んでいるのだろうか。私の方からは全く読めないこの男に胸がどきりとする。


「ですがエイナム達が向かうのなら私も行かねばなりません。ご親切にどうも」
「ああそのことはボクが直接マスターに伝えておいたよ。ナマエが行く必要はなくなった」
「……なんですって?」


なんて勝手なことを。ただでさえ謎の体調不良のせいで迷惑をかけ、いつムゲン牢獄に送られてもおかしくないというのに。


「それにベータのところに行っても意味はない。噂を流したのはボク自身だからね」


もういくつめか分からない衝撃発言に私の脳はついていけているだろうか。何の目的があってこの男はそんなことをしたというのか。新入りの私が気に食わない?いや、それならもっと別の方法があるだろうし、色々とふに落ちない点が出てくる。


「尤も”噂“というには語弊がある。ボクが話したのは彼一人だからね。ナマエの唇は柔らかかった、と」
「いったいなにが目的でそんな馬鹿なことをーー」
「気に食わないからさ。偽りの愛のくせに君を執拗に見ているのも、といって行動に移すわけでもないその根性が。だから諦めさせようとしたんだが、逆効果だったようだ」


偽りの愛?まるで自分の愛は本物だとでも言うかのような物言い。そもそも愛に偽物も本物も誰が決めると言うのだ。もしもそれを決めるのが自分ならば、この男の語る愛にこそ偽物の烙印を押してやるのに。


「ベータも気に食わない。大人しくしていれば良かったものを、たかが偽物が君にそんな傷をつけるなんて許されない」


反射的にベータ様に噛まれた箇所を隠す。自分ではよく見えないのだが、この男の言葉通りだとすればその時傷が出来ていたのだろう。指に瘡蓋のようなものがあたる感覚がある。だが本当に小さなもので、なぜこの男が気づいたのか考えたくもない。


「ーー自分は本物だとでも言いたげで、」
「もちろん。ボクだけはナマエを本当に愛している」


そしてはじめて会ったときのように、私の手をとり、口をつけるこの男に私は今までになく鳥肌がたった。もうなにもかもわからないわかりたくもない。

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