あの日ーーどう考えても失敗する見本の告白事件とベータ様に名前をつけられた日から、あの男は毎日のように私のもとを訪れた。ある時はよくわからない自慢話をされたり、ある時は薔薇の花束をプレゼントされたり、またある時はサッカーの練習に付き合わされたりとよく分からない。

エイナムに聞いた話ではアルファ様、ベータ様に並ぶ実力者でエルドラド内ではそこそこの知名度を誇っている人物らしい。そしてつい最近ここにやってきた私は知らないだろうと親切に教えてくれたであろうベータ様との仲がすこぶる悪いとの情報は既に嫌と言うほど身に染みている。毎日やってくるのだから、当然ベータ様と鉢合わせすることも多く、顔を見る度どちらからともなく罵詈雑言の嵐。なぜあそこまで関係が悪化したのかと聞けば理由は特になく、私がここに来てからはより一層悪化しているとのこと。


「……はあ」


腕に抱えた資料をしっかりと抱き直すと、長いミーティングルームへの道のりを眺める。まだ大分遠い。しばらく考え事をしていたからもう近くかと思えば、ようやく中間地点といったところだ。こういうとき無駄に広いこの建物が嫌になる。この荷物が軽くなればいいのに、なんて馬鹿げたことを考えた瞬間、たしかに私の腕の中にあったはずの資料が宙に浮いた。確かに軽くなればいいとは思ったが、ここまで軽くならなくても……じゃなくて物を宙に浮かすなんて一般人に出来るわけがない。そんな芸当が出来るのはセカンドステージチルドレンーーこの世界の敵だけだ。誰かに見られる前に慌てて資料を引っ掴む。


「そこに誰かいるのか?」


と同時に聞こえた突き刺すような声に、手にしたばかりの資料をうっかり床にぶちまけてしまった。今のを見られていないだろうか。暴走する鼓動を隠すように慌てて資料を拾いはじめると、さきほどの声の主がこちらに近づいてきた。コツンコツン。近づく音に冷や汗が額を伝落ちていくが、声の主は私になにか言及することはなく、床に散らばった資料に手を伸ばした。


「この量を一度に運ぶのは無理だろう」
「……あなただった、んですか。ありがとうございま、す?」


考えていたそばから現れるなんて、とんだ三流映画だ。そういえば今日はまだ顔を合わしていなかった例のガンマというこの男。親切に拾い集めてくれたので、有り難く受け取ろうと差し出した手は無視された。意味が分からないと目を向けると、私が既に拾っていた分もサッと抜き取り、そのまま歩き出した。


「君の細腕でこれを運ぶのは無理があると言っただろ」
「一応鍛えていますが……申し訳ありません」
「こんなにたくさん、一体何の資料をベータは君に運ばせているんだ」


いつも暇そうに無駄話ばかりして体力がありまっているのだからこういうときぐらい働くべきだと、既に聞きあきたベータ様への文句がはじまった。マスターに呼ばれていて私しか手が空いてなかったものでと弁解を試みてみたけれど、それでも一人で運ばすのはスマートじゃないとかなんとか。
まだ止まらない彼の話に適当に相槌を打ちながら、そっと胸を撫でおろす。どうやらあの場面は見られていないようだ。いやもしかしたらあれは全部私の見た白昼夢だったのかもしれない。慣れないエルドラドでの生活で知らず知らずのうちに疲れがたまっていたのだろう。きっとそうに違いない。ひとりそう結論つける。


「それでこれはいったい何の資料だ?紙、ということは大分昔の物のようだが」
「ええ、二百年前の日米親善試合のものです」

それだけで理解したということはこの男のもとにも話がいっているのだろう。私達は数日後、アルファ様のかわりに過去へ行くことへなった。これも歴史上からサッカーを消すため。セカンドステージチルドレンを生まないため。ーーなぜかすこしだけ胸が傷んだが、すぐに治まったためあまり気にしないことにした。

私達に課せられたミッションは日米親善試合の日本代表と入れ替わり、アメリカ代表を出来る限り痛めつけ、サッカーは危険、野蛮なものと認識つけること。そうして日本政府がサッカーを禁止せざるをえないようになればミッションコンプリート。邪魔が入るかもしれないが失敗は許されない。


「ここまでで大丈夫です。助かりました」


またベータ様と鉢合わせになられても困るので、部屋の前で山盛りの資料を受け取る。再び腕に戻ってきた紙の重みに眉間にシワを寄せると、奴はまるでなにかのおまじないかのように私の髪を人房とり、そこに唇を落とした。

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