ラグナロク一回戦の最中、突如としてそれは起こった。
ザナーク・アバロニク率いるチーム「ザン」との試合は、予想以上に激しいものとなった。ラフプレーも平然と仕掛けてくるような相手とどうやり合うか。自陣に持ち込まれたボールを既のところで取り返し、そのままカウンター攻撃といきたかったが、振りおろした足は空を切った。え?戸惑う私の呟きと同時に聞こえたのは自キーパーの絶叫。誰もが一瞬何が起こったのか理解出来なかっただろう。私からボールを奪ったのも、そしてゴールにオウンシュートを決めたのも、私達のチームの一員であったフェイ・ルーン、そのものだった。


「……あなた、自分がなにをしたか分かってるの?!」


世界の命運がかかったこの試合で、一番やってはいけないミスをやった。冷めた瞳で倒れたキーパーを見つめるフェイ・ルーンに詰め寄り、勢いにまかせてその肩を揺さぶる。周りの人間も戸惑いを隠せないといった表情であらゆることをささめきあってる。


「なんとか言えばーー」
「ナマエ、僕は全部思い出したよ。君もそろそろ思い出すべきだ」
「なにを馬鹿なことを、」


こんなときにいったいなにを思い出せというのか。喉元まで出かけた言葉だったが、一瞬襲った激しい頭の痛みの後には全部どうでもよくなっていた。ーーだって、私は思い出してしまったから。

フィールドの中央で動かなくなってしまった私達の元へ、痺れを切らしたかのようにキャプテンである剣城京介が駆けてきた。どういうことだ、説明しろと言及してくる彼の姿なんて今の私には映っていない。彼の肩越しにこちらへ笑っているのが見えるフェーダの皇帝、サリュー・エヴァンこそが私の全て。私の居場所。
SARUが私になにかを指示するかのように向けた指の先には、フィールドを寂しく転がるサッカーボールがあった。邪魔な剣城京介をはねのけ、ボールを拾いあげる。ここからはもう彼の方を見なくても分かる。私にもやれ、というのだろう彼は。ならそれに答えるのが私の仕事。今度こそしっかりとボールを蹴りつけるーーエルドラド側のゴールへと。


「!」


フェイに続けて二点目のオウンゴール。これでエルドラドの負けは確定したようなもの。サッカーで二点の差がどれだけのものか、彼らなら十分理解しているはずだ。

そのまま真っ直ぐフィールドを後にする。もうここにも、試合にも用はない。カツンカツンと私が歩く音だけが響くこのスタジアムの廊下に響いていたが、しばらくらすると馴染みのある声が追いかけてきた。
立ち止まり振り返ると、すこし顔が青くなっているベータ様がそこにはいた。後ろにはアルファ様やエイナム、他にも見知った顔がズラリ。


「エルドラドでの生活はなかなか楽しかったです。けど、もう全部終わりです。私の役目は終えましたから」


私が笑顔を投げかけると、反対に向こうの顔はどんどん青ざめていく。なかなか面白い光景だ。

セカンドステージチルドレンの誕生を守るために雷門に送り込まれたフェイをサポートするのが私の役目だった。サポートといっても彼の近くで支えるのではなく、エルドラドにルートエージェントとして潜り込み、少しずつ内部崩壊を狙う。サッカーはチームワークが大切な競技。ならばそれを壊してしまおうというのが作戦だ。


「上手くいってよかったです。でなければ私達は存在が消されていたかもしれないですから」


まさに命懸けの綱渡り。自分の行動一つで、自らの存在が消える可能性すらあっのだ。ご協力ありがとうございました。言葉を失ってしまった彼らに、感謝の念をこめて深々と頭を下げる。誰が見ても挑発しているとしかとれない私の行動に、ある男が一歩前に出た。


「で、もしかしてあのSARUっていう男の元に帰る気かい?」
「もちろんです。もうここには何の用もありませんので」
「ボクはあるよ」


いつもと何一つ変わらない態度で男ーーガンマはそう言い切った。そもそも未来の花嫁に勝手にいなくなられては困るんだがと言葉を続ける奴は、この緊迫した状況でも自分のペースを貫いている。


「ご心配なさらぬよう。直に洗脳はとけますから」


しかし洗脳はとけても、一度壊れたチームワークはそう簡単に直ることはない。彼らは二回戦、触ったら火傷しそうなくらいに膨らんでしまった嫌悪を抱えて試合するのだ。私達の敵ではない。
最後にもう一度感謝を述べてから、私は静かに立ち去った。

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