目覚めるとそこはふかふかのベッドの上だった。どうやら天国ではないらしい。ありがたいことだ。
 周りのベッドには他の皆もいる。どうやら親切にも砂漠で行き倒れた私たちを助けてくれた人がいるようだ。


「あら、目が覚めたのね」


 声をかけられて顔を上げると、いつもと何一つ変わらない様子のジュディスがいた。たしかにもう一度周りを見ると、隅のベッドが空いている。彼女は一足先に目が覚めたのだろう。


「親切な誰かが助けてくれて、命拾いしたわね。見つけてお礼をしなくちゃ」
「ここはマンタイク……なわけないよね?どこ?」
「それはわからないわ。私も今、目が覚めたところなの」


 マンタイクまでは距離がある。それを私たちのような大人数運ぶには、人手も時間もかかる。
 だけど砂漠に他に街があった覚えはない。元々人が住むには適さない場所だ。マンタイクだって結界魔導器がなければ今もただの砂地だっただろう。


「気になるなら外を見てきたら?危険はなさそうだし、ここには私が残るわ」
「…………じゃあ、お願いしようかな」


 他の皆のことはジュディスに任せて、一人建物の外へ出る。海が近いのか感じる風がすこし冷たくて気持ちいい。
 どうやらここは宿屋らしいが、忙しいのか呑気なのか受付に人はいなかった。質素な建物の多いこの街は、ダングレストや帝都を見慣れた人は物足りなく感じるかもしれないけど、私は嫌いじゃない。

 砂漠にありながらも緑を感じられる穏やかなこの街をのんびりと歩いていくと、やがて海の見える位置に出た。いつかとは違い、私の立つ地面と同じ高さにある青。
 一歩踏み出すつもりで動かした足は、近くの木陰で止まった。いつもならこのくらいの海は平気なのにーーじゃないと船になんて乗れないーー今日に限って足が動かないのは、死というものに直面したばかりだからか。
 あのままだったら死んでいた自分。それが旅をすることだとは理解してはいたけれど、慣れることはこれからもないのだろう。

 逞しい樹木に背中を預けて、そのままずるずると地面に座り込む。
 膝に顔を埋めるように座ると、次第に膝が濡れてくるのがわかった。その原因となっている雫を無理矢理止めるのは簡単だが、今ここにいるのは私一人。意地を張る必要もないだろう。


「…………死にたくないよ」


 ぽつりと零した弱音と涙。
 と同時に背後に現れた気配に、慌てて目元を拭って立ち上がる。


「……レイヴン。いつ起きたの?」
「ついさっきよ。ジュディスちゃんに街の様子を見てきてほしいってお願いされちゃって」
「つまり体良く追い払われただけじゃない」


 呼んでもないのにわざわざ私の横まで歩いてきたレイヴンは、そこでさきほどまで私がやっていたように海を眺め出した。


「それ、何やってんの?」
「疲れたから休憩よ、休憩。それにナマエちゃんがこうやってたから、何か見えるのかと思って」


 立ち去ろうかとも思ったが、何故かそうは足が動かず、私は再び地べたに座り込むことにした。
 そしてレイヴンの横顔をじーっと眺めていると、くすぐったいのか照れくさいのか溜息をついた。


「おっさん見つめてても何も出ないわよ」
「いや、前にレイヴンに似た感じの人が知り合いにいるって話したでしょ?だから顔も似てるかな……って」
「なるほど。それでどう?おっさんに似てイケメンだった?」
「それがね、全く思い出せなかった」


 自分でも不思議なくらい冷たい響きをしていたそれに、レイヴンは動きを止めた。そして瞬きを二度三度繰り返してから、再び首を傾げる。


「その人、人魔戦争で死んじゃったの。だからもう名前も覚えてなくて、顔くらいは覚えてると思ったんだけど……」


 簡単に説明すると、レイヴンはすこしばかり眉を顰めた。
 それはそうだろう。誰だって死人に似ていると言われて嬉しいわけがない。ごめんねと口先だけの謝罪を伝えて、視線を海へと戻した。


「私って案外薄情なの」
「でも人間ってそういうものじゃない?おっさんだって義理人情に厚いわけじゃないわよ」
「…………そうかもね」


 海は嫌いだ。
 あの人も海の向こうへ行くと言って帰って来なかった。微かに記憶に残っているデズエール大陸に行くとの言葉をヒントに、昔この砂漠に来たこともある。だけど手掛かりなんて見つかることもなく、今になってレイヴンの変形弓を見つけたくらいだ。


「レイヴンって、けっこう優しいよね」
「なによ。ようやくおっさんの魅力に気づいたの?」
「そーいうこと」


 私が泣いていたことに、レイヴンが気づいてないはずがない。なのに隠そうとする私の為にわざわざそれに触れず、こうしていつもどおりに振舞ってくれている。
 幼い頃の私が泣くと、毎度おろおろとしていた彼とは偉い違いだ。そう考えると実はあまり似てないのかもしれない。

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