逃げたドロワットたち二人を追っていったはいいものの、結局追いつくことは出来ず、気づけば洞窟を抜け出てしまった。

 洞窟を抜けた先にあるもの、それは砂漠地帯だ。まだここは砂漠の入口みたいなものだから植物の姿も見えるが、もっと先の中央部へ行けば完全に砂だけの世界だ。
 何度来ても慣れない熱気に顔を顰めながら、とりあえずすこし先にある街に行くことに決まった。ユーリたちもイエガーを追うのを諦め、そこまで一緒に来るらしい。
 本当に砂漠に行くのかどうか、そこで話し合って決めるようだ。
 私とパティも、これからの行動を真面目に考えなきゃならない。



* * *



 オアシスの街マンタイク。着いた途端目に入った騎士の姿に慌ててフードを深くかぶる。
 この砂漠の街では、フード一枚をかぶったところで気温の大した違いはない。むしろ直射日光が遮られてすこし涼しい気もする。

 適当に皆と別れ、私たちは宝の手がかりを探す。情報屋としても活動する"天地の窖"に情報を貰いに行くパティとは一時別行動とし、私は道具屋に。
 恐らく私たちも砂漠の中央部に行くことになるだろう。そうなるとこのままの装備では心許ない。
 ここから先なんて、行ったことのある人間の方が少ないだろう。一歩間違えば死んでしまうようなところ。自分が訪れることになるなんて考えたこともなかった。


「それとそれ、あとそこのもひとつ頂戴」


 道具屋の前にあったひとつの影に並ぶようにして、店の主人に品を頼む。通りに立つ騎士の視線を受けてか、その顔色はあまり良くないようだ。
 隣の影はつまらなそうにその様子を眺めているように思えたが、どこか遠くを眺めているようにも見えた。


「…………どっか調子でも悪いの?」
「そんな風に見える?」
「いや。声聞いたらいつもどおりな気がしてきた」


 気になったから声をかけて見たが、影もといレイヴンから返ってきた声音はいつもと変わらなく思えた。
 ただ単にやることもなく暇を持て余していただけなのだろうか。


「ナマエちゃんたちも砂漠に行くの?最近の若者は冒険心に溢れてるわね」
「そんなに楽しいもんじゃないわよ。下手したら死ぬってのに」
「その割には行く気まんまんじゃない」
「だって知りたいもの、アイフリードのこと。それに準備を怠らなければ死ぬことはない」


 大昔の文献では、ここの他にも砂漠に街があったらしい。なら決して人を拒む土地ではないということだ。水分はサボテンからも補給が出来る。
 ちゃんとそうした生きて帰ってこられる根拠があるから行けるのだ。根拠もなしに砂漠なんて……考えるだけで寒気がする。


「だってそうでしょ?誰だって好き好んで死にたいわけないじゃん」
「ナマエちゃんが知らないだけで、意外とそこらへんに自殺志願者がいるかもよ?」
「……どんな酔狂な人よ」
「おっさんからしたらこんな砂漠に住んでる人も十分酔狂だと思うわ」
「それもそうだね」


 アイテムと引き換えに適当な金を店主に渡す。
 買い物は終わり、レイヴンにはこれ以上特別用もないので、じゃあねと手を振って別れる。するとレイヴンも怠そうに手を上げ、一言気をつけてねと。そのたった一言が何故か無性に嬉しかった。
 赤みが増す頬を隠すように、足早にそこから立ち去り、パティの元へと向かう。


「パティ…………どうしたの?」


 約束の場所へ行くと、そこにはパティの他に二人の男がいた。一人は良く知ってる黒髪の男で、もう一人は見たことのない男でパティにひどい剣幕で言い寄っている。


「どうだろうな……何しろ、護衛と称しながら船を襲った卑怯者の血が流れてるんだ。何を考えてるんだかわからないさ」
「ねえ、うちのパティに何の用?」
「なっ、誰だお前。お前もこのアイフリードの孫の仲間か?」
「先にこっちの質問に答えなさいよ。パティに何してたかって聞いてんのよ」


 大の男が一人の女の子にいったい何をしているんだ。おかげで頬の赤みは一瞬で引き、代わりに眉間に深い皺が刻まれることになった。


「あんたの家族、もしくは知り合いの誰か、あの事件で死にでもしたの?」
「は、俺は……」
「どうせ違うんでしょ?じゃあ昔アイフリード本人と会ったことあるの?それもないくせになんで卑怯者って言いきれるのよ」
「だってそう、」
「そう発表したのは帝国よ。普段は帝国のこと毛嫌いするくせに、こういうときばっかり鵜呑みにしてバッカみたい」


 気づけば目の前の男に早口でそう捲し立てていた。最後まで言い切ってから、しまったと思ったが時すでに遅し。
 顔を真っ赤にし、体全身で気分を害したことを表現するようにして男はこの場から去って行った。


「いいのか、宝探しの手がかりだったんだろ?」


 今まで無言で状況を見守っていたユーリがふとパティに訪ねた。それを聞いて私に二度目の後悔が押し寄せる。


「も、もしかしてさっきの人、天地の窖?私邪魔しちゃった?!」
「いいのじゃナマエ姐。うちがアイフリードの孫と知ったときから情報をくれる様子はなかったのじゃ」


 ならよかった。もしパティが麗しの星の情報の為に我慢をしていたのなら、私はとんでもないことをしてしまったことになる。


「考えなしによくあそこまで言えたな。さすがナマエ」
「またユーリはそうやって嫌味を、」


 いつもの調子で返事をしていたが、そこで思い出す。ユーリは私のことを前帝暗殺犯の娘かもしれないと疑っていたんだ。
 今パティが向けられていた言葉を、次は私がユーリから向けられてもおかしくはない。もしそうなったら、私はさっきのように言い返せるだろうか?
 わからなくて、フードがくしゃくしゃになるくらい握りしめた。


「でも俺はナマエのそういうとこ好きだぜ。会ったときよりずっとな」


 その言葉に、一瞬呼吸を忘れた。
 何か言おうとして、けど言葉が出てこなくて、代わりに出てきたものを隠す為にもっと深くフードを被る。

 ユーリは気づいてる。だけどそのうえで私のことを好きだと言ってくれた。
 私がパティを好きなのと一緒だ。もし旅の末に分かったことが噂通りだとしても、それは絶対に変わらないだろう。


「あり……がと、う」


 おかげでその一言を絞り出すのがやっとだ。

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