「ここって……道じゃないよね……」
パティについていくことを決めたはいいが、まさかすぐにそれを後悔する羽目になるとは思わなかった。
話が終わり、出発したパティが向かったのは道ではなかった。こっちなのじゃ!と元気よく道無き道を駆けていくものだから、ついて行くこちらとしては大変だ。空から降ってきたりする子だから、ある程度の覚悟はあったが、まさか獣道ですらないものを突き進むことになるとは思ってもみなかった。
気づけば洞窟の中、冷たい岩肌をよじ登っている自分がいた。
この洞窟にも道がないわけではないのだ。魔物が出る危険な洞窟だが、商人も通る為、ある程度のものはある。なのにだ。
「お宝の為なのじゃ。冒険とはときに過酷なのじゃ」
「冒険家でも道があったら道を通るんじゃないかなぁ……」
「それは真の冒険家ではないのじゃ。それにうちの目指すお宝はそんな簡単なところには……」
愚痴を零しながらの私とは違い、さくさくと進むパティはもう上に着いたのだろうか。急に会話が途切れた。
そのかわりに一瞬だけ、パティのものではない他の人間の声が聞こえたのだ。魔物ではない、たしかに人間の。
「…………パティ?」
途端に心配になって、慌てて崖を登る手を早める。
不審者に絡まれていないか、危険な目にあっていないか心配だったが、崖を登るにつれ鮮明に聞こえてくる音声に頭が痛くなってきた。
「皆さん楽しそうだねえ……」
「うわあっ!…………って、次はナマエ?もう、脅かさないでよ!」
頭を出せば、予想通り見慣れた顔が並ぶ光景に気力が抜ける。その中の一人、カロルの大袈裟な反応に、こっちの方が驚いて危うく崖を転がり落ちるところだった。間一髪でジュディスが私の手をとってくれなければどうなっていたことか。考えるだけで背筋が凍りつく。
「でさ、なんでこんなところにいるの?用は終わったの?」
「あ、そうだった!小箱!」
たしかレイヴンはベリウスに書状を届けるんで、リタはエアルクレーネを探していて、凜々の明星はエステルと砂漠までフェロー探し。
地理的に考えるならば砂漠に行く途中なのだろうか、皆の様子からして違うようだ。現に私の問いかけで一斉に何かを思い出したかのように走り出したのだから。
パティまでもがそれに倣ってついていくのだから、私も後ろに続く。
「あんたたち、何でついてきてんのよ」
「うちもこっちに行くつもりだったのじゃ」
「私はパティについていくだけ」
リタの問いかけには適当に答えたが、特に問題はなかったらしく、それ以上彼女からは何も言われなかった。
かわりにユーリがこちらに熱い視線を向けてくるものだから、無駄に体力が削られていく。ただでさえはじめての崖登りのあと、何を追いかけているのかも分からずに走っているのに。
「ナマエもお宝探しか?」
「そんなわけないじゃない。私は知りたいだけだもの、ブラックホープ号事件の真実が」
「…………真実?」
「そう、私がお城で探していたのもそれ。信じられない?」
別に信じてくれなくたっていい。何かを言いかけていたユーリを無視して、足を早める。
不意にラピードが吠えた。どうやら前を行っていた彼は獲物を捉えたらしい、一直線にそれに向かっていく。獲物の方はというと、真っ直ぐ自分に向かってくるラピードに恐怖したのか、情けない声をあげて腰を抜かした。
「え、その人って……"遺構の門"の首領?」
ユニオン本部には親父さんについて何度か行ったことがある。そこで見たことのある顔が、今目の前にはあって少しばかり驚きを隠せない。
新米ギルドである凜々の明星が遺構の門の首領を追いかけているこの展開。なかなかの厄介事の匂いがするではないか。
だが、私がそれを問いただそうとしたとき、いきなり地面が近くなった。
「ナマエ?!」
「あ、れ…………なんで……」
突如ラピードと遺構の門の首領ラーギィを隔てるようにエアルが立ちのぼったのだ。ケーブ・モックのときと同量、もしかしたらそれ以上のエアル。ということはここもエアルクレーネなのだろう。
私の体のことを知っているリタが慌てて助け起こしてくれたが、それでもがんがんと打ちつけるような頭痛は変わらない。
「なんか……揺れてる……?」
「なにこの揺れ……地震じゃないわ」
割れそうな頭に、遂には視界までもぐらぐらと平衡感覚を失ったかのように思えた。だが揺れていたのは地面の方で、目の前には巨大な竜が現れたのだ。
はじめて見る魔物だが、その姿はどこかあのフェローと呼ばれた魔物に近いような気がした。
警戒する私たちをよそに、竜は大気を切り裂くような咆哮をあげると、周囲のエアルを吸い込みだしたのだ。赤で染められていた視界が、それに伴って緑の落ち着きある光に戻っていく。
「体が……楽に……」
全快とまではいかないが、身動きが出来ないほどではない。
完全にエアルが落ち着きを取り戻すと、もう一度けたたましい咆哮をあげ、竜はどこかへ飛び去っていった。
ひとつ向こう側でそれを呆然と眺めていたラーギィも、竜が去ったことで我に返ったのか、これ幸いと逃げていく。その小脇に抱えられていたのは見覚えのある紅の小箱で、ようやく事態を把握出来た気がする。
「暴走したエアルクレーネをさっきの魔物が正常化した……。つまりエアルを制御してるってことで……ケーブ・モックのときにあいつが剣でやったのと……同じ?」
ぶつぶつと呟きながら、目の前で起こった事態をまとめようとしているリタはこの場所が気になるようだ。それもその筈、彼女はエアルクレーネを調べる為に旅をしているのだから。
それでも今はエアルクレーネよりもラーギィを追うことに決めたらしい。進路に向き直ると、彼の未来が不安になるような乱暴な言葉を吐いた。
めまぐるしく動いていく状況に、何かあったときはパティを抱えて戦線離脱することを固く心に誓い、またも走りだした皆の後ろをやる気なくついていく。
というのは建前で、私の足が周りよりも遅いのは、自分の体が人よりもおかしいことを再確認させられたようですこし悲しかったからだ。
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