全速力で街を飛び出したはいいものの、パティの姿は見当たらない。あの小さい体でどこまで行ってしまったのだろうか。
だが、ノードポリカから次の街までは一本道だ。パティがどこへ行ったにせよ、道を辿りながら注意深く辺りを見渡していけば近いうちに会えるはず。
なんて呑気に構えていたのがいけなかったのか。どこからか沸いてきた盗賊たちに、あっという間に辺りを取り囲まれてしまった。下卑た笑いでナイフをチラつかせ、金を出せなんて戯言を吐く。
「怪我したくなきゃ有り金全部置いてきな」
「怪我は嫌だけど、お金もないんですよ私。だから通してくれちゃったりは……?」
「下手な嘘ついてんじゃねえぞ。港で幸福の市場の首領と親しげに話してんをこっちは見てんだからな」
嫌なところを見られたものだ。
ここで話してたのは私じゃなくユーリたちだが、彼らに本当のことを言っても通じないそうにない。流通を取り仕切る幸福の市場と親しく見えていたのなら、一文無しという言い訳は無理だろう。
もう説得は諦めて逃げるしか方法はないのか、と半ば諦めていたら、そこで予想もしていなかった事がおきた。
「うわっ!」
盗賊の一人が空から落ちてきた"あるもの"に押しつぶされ、短い悲鳴を上げ倒れたのだ。他の盗賊たちもあまりの展開に身動きが取れない。
その隙を見逃さず、慌てて"あるもの"を引きずるようにして逃げ出す。怒声は飛んできたが、追いかけてくる気配はなさそうだ。
用心の為に必要以上の距離を"あるもの"を抱えて走った。しばらくそうしてようやく足を止めると同時に腕の中のものを放り出し、その場に寝転がった。
「つ、疲れた……」
「うむ、メカジキのような速さだったからの。うちも振り回されて頭がくらくらするのじゃ」
空から落ちてきた"あるもの"が、自身の大きな帽子を深くかぶり直しながら立ち上がった。
思わず溜め息をつきたくなる気持ちもあるが、数回目の遭遇だというのにその破天荒ぶりに慣れてきてしまったような気もする。
「そもそも頭がくらくらするのは空から落ちてきたせいでしょ?なにしてたらそうなるんだか……」
「空からお宝探しをしておったんじゃが、運んでくれてた魔物が疲れてしまったみたいじゃの」
「パティはもう少し焦ることを覚えよう」
物事をここまで前向きに捉えられるのはすごいと思うが、その前向きさでいつか魔物の餌になってしまわないかが心配だ。
ゴロりと転がったままで暫く過ごせば、体力もすこしは回復した。
偶然とはいえ、こうして当初の目的通りパティに会えたのだ。ゆっくりと起き上がり、呑気に辺りを双眼鏡で観察しているパティに向き合う。
「まあ経緯はどうあれ、パティに会えてよかったよ。聞きたいことがあったんだ」
その言葉を予想していたのか、パティはあまり表情を変えることはなかったが、すこしばかり体を強ばらせた。
「それは……うちの、じいちゃんのことかの……」
「あれ、私ってそんなに分かりやすい?」
「ナマエ姐はじいちゃんの……アイフリードの名前を聞くとちょっぴり顔が怖くなるのじゃ」
自分が思っているよりも自分は嘘が苦手なのかもしれない。長年追い続けてきた手がかりが目の前にあると分かると、こんな小さな子にも表情を読まれてしまうなんて。
「やっぱりナマエ姐もじいちゃんのこと恨んどるんかの?」
震える声が私に投げかける。
さっきノードポリカでも見たように、彼女はこれまで何人から謂れ無い罵声を浴びせられたのだろう。平気なふりをしていたが、平気でいられるわけがない。
パティと目線を合わすようにしゃがみ、そっと声をかける。
「私、恨んでない。アイフリードがそんなことする人物じゃないって信じてるもの」
「……ナマエ姐はじいちゃんを知っとるのかの?」
「知ってる、って言ってもいいのかな?会ったはずなんだけど、うまく思い出せないんだ」
アイフリードのことーーというよりは"あの日"のことーーを思い出そうとしても、脳がそれを拒否するのか、霧がかかったようになにも見えないのだ。
確かに私はアイフリードに会ったはずなのに。今では彼がどんな顔でどんな声で喋っていたのかすら思い出せない。
「けど、アイフリードのことを聞く度に心が違和感を覚えるの。だから私はあの事件、アイフリードのせいだとは思ってない。ただ真実が知りたいの……あの日、なにがあったのか」
あの日、ブラックホープ号の上でなにがあったのか。誰が乗客を殺したのか。そして何故彼が汚名を着せられる羽目になったのか。私はそれが知りたい。
「お願い、私にアイフリードのことを教えて」
「…………うちも、じいちゃんのこと知りたい」
ポツリと呟かれた音は、肯定でも否定でもなく、寂しいものだった。
「記憶喪失なのじゃ。本当はアイフリードがじいちゃんかも分からん」
「う、そ……」
記憶がない、だからこそ思い出す為に祖父かもしれないアイフリードの宝を追い求めている。アイフリードの秘宝である麗しの星を。いつの日か祖父に会えると信じて、
「だからナマエ姐の役にはたてんのじゃ」
「それでもいい……それでもいいの、だから私も連れて行って!」
もしかすると麗しの星を探し出すまでもなくパティの記憶が戻るかもしれないし、またその逆も然り。
長年探し続けていたブラックホープ号事件の手がかりを、あっさりと諦めるなんて出来ない。可能性がある限りどこまでも食いついてやる。
「迷惑はかけない……だからお願い……!」
「ナマエ姐は、それでいいのか?うちのほうが迷惑をかけるかもしれんのじゃぞ?」
「迷惑だなんて思わない。ただパティが嫌だって言うなら、諦めて別の方法を手がかりを探す」
「嫌じゃ……ないのじゃ……」
ありがとうとパティに抱きつくと、向こうもギュッと小さな手で抱き返してくれたことが嬉しい。
勿論、真相に一歩近づけたことも嬉しいが、パティと旅が出来ることも悦ばしい出来事なのだ。
汚名を着せられた祖父、思い出せない過去。それらのキーワードは私と重なる部分も多く、とても他人事とは思えない。
「ならお礼に私のことも話しておくね。親父さんにも話してない、秘密の話」
私だけパティのことを知っているのは不公平だろう。パティにも同じくらい私のことを話すべきだ。
周りには人なんていないのに、わざわざ彼女の耳元でこっそりと話す。実は私ね、なんて使い古された言葉で始まる内緒話は、誰も知らない私だけの昔話。
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