「ああ面白くない。やっぱり幽霊っていないのかな……」


 途中大きな音と振動が船を襲い、私たちのぴったり背後に鉄格子が降りてきたくらいで、アーセルム号はただのボロ船だった。ぴっちり閉まった鉄格子のせいで後退は許されず、前にしか進めなくなったが、こんな大きな船なのだからどこかに出口くらいあるだろう。
 あまり気にせず、何もない空間でぶんぶんと風切り音をたてるように武器を振り回していると、後ろを歩く男二人のひそひそ声が聞こえてきた。


「ちょっと、なんでナマエちゃんあんなに楽しげなのよ。きゃ、こわーい!ひしっ!大丈夫だよ、子猫ちゃん、僕がついてる。とか、なんとか楽しいイベントが普通待ってるはずでしょ」
「呪いの森に入って物足りないってぼやく女だからな。あんま期待しねえほうがいいぞ」
「それじゃおっさんが来た意味ないじゃないの」


 幽霊より海が怖いし、海より死ぬことが怖い。そんな私の気質は分かっていただろうに、文句を付けられても困る。

 そもそもここでレイヴンの理想通りの反応をする女がどこにいただろうか。間違いなくジュディスも私と似たり寄ったりの反応だろうし、リタはどんなに怖がってもレイヴンには抱きつかないはず。エステルだってそうだろう。
 つまり誰と来ても同じ結果なのだろうが、あまりにも可哀想なので口に出すのはやめておこう。

 大きな振動の後は特に揺れもなく、窓を覗かない限りは海上ということを忘れられて、だんだんと気分がのってきた。今ならなんだって出来そうな気分になれたとき、ラピードがある扉に向かって吠えだした。
 後ろの男二人もなんだなんだと集まってきて扉を見守っていると、ぎゃあぎゃあと賑やかな声が聞こえ、その後すぐに扉が派手に開かれた。


「お宝があるかもしれないのじゃ!」
「ま、待ちなさい!はぐれたらどうすんのよ!」


 ステップを踏みつつ現れた金髪おさげと、声の震えを隠せていない天才魔道士。その後ろにはギルドの新米首領とお姫様、そして妖艶なクリティア族の姿も見える。
 簡単に言うと、船に残った皆もアーセルム号に来てしまったらしい。


「おいおい、おまえらも来ちまったのかよ……」


 どうやら私たちを心配して来てくれたらしい。早く帰ろうと急かすリタだが、今彼女が出てきたはずの扉は、何故か石のようにぴたりと動かなくなってしまった。
 リタの鋭い視線に突き動かされ、私が扉を押してみたが、それでも扉は一寸たりとも動かない。

 木乃伊取りが木乃伊に。このままじゃ間違いなくそうなる。ならそうならないために出口を探すまでだ。最初にも言ったが、こんな大きな船なのだから他に出口もあるだろう。

 怖がるカロルとリタで遊ぶレイヴンは置いておき、先へ進んでいくと船長室らしき場所へたどり着いた。今も立派に椅子に腰掛ける船長は、当然のように白骨化していて、更にカロルを驚かす。
 すぐ近くにある航海日誌は頁を捲ると破れてしまいそうなくらいに古い。だがそれもそうだろう。中の日付はアスール暦二百三十二年、ブルエールの月十三と記されていた。
 それは帝国が出来るよりも前、今から千年以上は昔だ。


「船が漂流して四十と五日、水も食糧もとうに尽きた。船員も次々と飢えに倒れる。しかし私は逝けない。ヨームゲンの街に、澄明の刻晶を届けなければ……。魔物を退ける力を持つ澄明の刻晶があれば、街は助かる。澄明の刻晶を例の紅の小箱に収めた。ユイファンに貰った大切な箱だ。彼女にももう少しで会える。みんなも救えるーー……でも結局、この人は街に帰れず、ここで亡くなってしまわれたんですよね」


 千年もこの船が海を漂っていたことも驚きだが、魔物を退ける力を持つ澄明の刻晶?聞いたことがない。結界みたいなものなのだろうか。ヨームゲンという街も聞いたことはなく、この千年の間に滅んでしまったのだろう。

 件の紅の小箱は、白骨化した死体ががっしりと抱え込んでいる。澄明の刻晶は見たいが白骨死体に触るのを躊躇うリタをよそに、ジュディスは豪快に死体から箱を奪い取った。それも片腕ごと。


「呪われちゃうかしら」
「いや、多分呪う気も削がれ……てあれ?」


 ジュディスに渡された箱を手に振り返ると、部屋の一面に備え付けられた鏡に不思議なものが映っている。普通なら私たちが映るところに髑髏の騎士が映っていたのだ。


「逆のようね、それ。魔物を引き寄せてる」


 のっそりと鏡から出てきた髑髏の騎士を前に、ジュディスは冷静に言葉を紡ぐ。今まで見てきた魔物とはどことなく違う雰囲気の騎士は、やはり幽霊なのだろうか。
 襲いかかってくる髑髏の騎士から逃れつつ、腕の中の箱をどうにか開けようとするが開かない。ナマエ、なにやってんの?!カロルが叫ぶが、原因がこれならやはり開けるしかないだろう。いくら手をかけてもぴくりとも開かないそれは、まるで謎の力をもって封じられた扉のようだった。


「ナマエ!」


 知らず知らずのうちに箱のほうに集中し過ぎていたようだ。目の前に髑髏の騎士が迫っても気づかないくらいには。ユーリの声で慌てて我に返ったが遅い。咄嗟に腰に手をやるが、間に合いそうにはない。


「ったく、しょうがないわね」 


 やる気のない声音とは裏腹に素早い動きで私と髑髏の騎士の間に入り込んだレイヴンは、変形させた弓でその攻撃を押し返した。突然の乱入者に驚いた騎士の隙に、レイヴンは私の手を引いて髑髏の騎士から距離をとる。


「あ、ありがとう……」
「どーいたしまして」


 次の攻撃に備えて、小箱を抱える腕とは逆の手で武器を構える。だが髑髏の騎士は突如赤い光を放つと、出てきたときと同じようにのっそりと鏡の中へ返って行った。なにか気になることがあるらしいパティがその後を追おうとしたが、ユーリに止められた。


「…………で、結局あれは幽霊なの?」



 私の質問には誰も答えてはくれないまま、窓の外で発煙筒が上がったのが視界の隅に映った。

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