結局私たちはカウフマンの条件を飲むことにした。とは言っても、もし無事にノードポリカに着けたときには使った船を譲り受けるという破格のものである。

 意気揚々と船に乗り込んだはいいが、私は早々に船室に引きこもった。嫌でも海の蒼が目に入る甲板にはあまりいたくない。
 魚人退治も悪いが私は参加出来そうにない。魚人が甲板にでも上がったのか、大きく船が揺れたのに、更に気分が悪くなる。

 しばらくベッドでうんうんと唸っていると退治を終えたのか、上は大分静かになった。だけどそこから一拍空いて、突然カロルの驚声が響いた。さすがに何かあったのかと心配になり、なるべく海が目に入らないよう、首だけを甲板へ押し出した。


「…………ねえ、なにかあったの?」
「それが、」
「おお、久しぶりじゃの!」


 説明しようと口を開いたエステルを遮るように前へ飛び出したのはなんとパティだった。彼女とはケーブ・モックで別れたきりだが、何故ここにいるのだろう。元気いっぱいなのは実にいいことだが、彼女は全身ずぶ濡れである。


「お宝探して歩いていたら、海に落っこちて、魔物と遊んでいたのじゃ」
「…………えっと、魔物に食われてたの?」


 さっぱり分からない説明に、助けを求めるようにカロルを見るとすごい勢いで首を上下に降る。魔物の中から人が出てくるなんてそんな滅多にない光景、見たいような見たくないような……。

 さて、魚人退治とついでの人命救助を終えたはいいが、魚人に襲われて操船士が傷を負ってしまったらしい。治癒術はかけても、暫くは動けまい。そこで名乗りをあげたのはまさかの人物だった。
 世界を旅する者、船の操縦くらいできないと笑われるのじゃ。
 危うく大海原の真ん中で立ち往生するところだった私たち。そんな私たちの救世主となったパティは、金色の髪を風にたなびかせながら見事に舵を取る。
 まだ小さいのに舵を取る姿は立派で、どこか私の記憶を揺さぶる。けどいくら頑張っても私の過去に彼女の姿は出てこなかった。



* * *



 あの場から一人船室に戻るのも躊躇われた私は、なるべく船の中央と思われる場所に腰を落ち着かせていた。こうしていると海は視界に入らない。我ながら良い考えだ。

 しばらく船を進めていくと、突如霧の濃い海域に突入した。真っ白くなる世界に戸惑いを隠せずにいると、次は大きな音と衝撃が私たちを襲った。
 嫌々ながらも確認のため立ち上がると、先ほどまで何もなかったはずの空間に巨大な船が出現していた。すこし時代を感じるそれとこちらの船がぶつかってしまったようだ。

 アーセルム号というらしいそれは、次にかたりと音を立てタラップを降ろした。中に人影など見当たらないのに、まるで私たちを誘うような現象にリタが激しく同様する。
 まあどう見ても幽霊船のような風貌だから怖がるのも分かるが、もし中に山のような魔導器があると言われたら、リタは今と真逆の反応を示すに違いない。
 そんなリタには可哀想だが、なぜか駆動魔導器が動かなくなり、私たちは再び大海原で立ち往生の危機に晒されることになった。


「いったいどうなってるのよ」
「原因は……こいつかもな」


 リタが嫌そうにアーセルム号を見つめるが、天才魔道士の彼女が駆動魔導器を調べても不調の原因は分からなかったのだ。なら怪しいのはどう考えてもこれだ。


「入ってみない?面白そうよ。こういうの好きだわ、私」
「原因分かんないしな。行くしかないだろ」


 とは言え、護衛という名目でこの船に乗っているのだ。全員で行くわけにはいかない。四人がアーセルム号を探索、残りはここで見張り。


「じゃ、行くのはオレと……ラピードは行くよな」
「ワフッ」
「後は誰だ?」


 護衛対象のエステルは言わずもがな、明らかにアーセルム号を恐怖の対象と見なしているカロルとリタも論外。
 残った私とレイヴン、ジュディスと順番にユーリの視線が注がれる。


「私、行くから」
「…………ナマエがか?」
「なんと言われても行くから」


 とはいえ、昨夜思いっきり自分から逃げた私が名乗り出るとは思っていなかったのだろう。ユーリはすこし驚いたようだったが、言葉を繰り返すと諦めたように首を降った。


「じゃあナマエは決定……そうなるとジュディには残って貰ったほうがいいな」
「残念だけど仕方ないわね」
「別におっさんは残ってもいいのよ」


 バランスを考えると、ジュディスには残ってもらうしかない。心底残念そうに息を漏らす彼女とは正反対に、レイヴンは面倒事からは逃れたそうにしている。
 だからといって駄々をこねてもどうにもならないことをレイヴンも分かってはいるので、渋々重い腰を上げた。

 一応船の方でも駆動魔導器を出来るかぎり調べてくれるらしく、直ったら発煙筒で知らせてくれるらしい。

 冒険家の血が騒ぐのか、着いて行きたいと目で語るパティには悪いが、私はどうしてもアーセルム号に行きたい。
 恐怖など微塵も感じてない逞しい足取りのラピードを先頭に、私たちはアーセルム号へと乗り込んだ。

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