ユニオンとしては次期皇帝候補がふらふらほっつき歩いているのを放ってはおけないらしい。その為の監視役として派遣されたのがレイヴン。それに加えてドンの使いでノードポリカに手紙も届けなきゃならないというのだから大変だ。彼からすればエステルが大人しく城に帰ってくれさえすれば仕事がひとつ減るのだが、生憎本人にそのつもりはない。ご愁傷様だ。

 トリムに着いたときは、もう辺りは暗くなっていた。真っ直ぐに宿屋へ向かうと、成り行きで合流したレイヴンとリタとの情報交換をはじめ、ようやくあらかたの話が終わった頃には夜の帳が完全に下りていた。
 せっかく会えたのだからリタと話したかったのだけど、エステルが砂漠に行くと聞いてから何か考え込んでいるようで、とても話しかけられる雰囲気ではない。

 明朝までは自由時間。ならリタと話すのは朝でも問題はないだろう。そう判断して私は静かに宿屋を抜け、街をふらりと探索することに決めた。

 とは言っても、もう何度も訪れたこの街。今更目新しい発見などない。宿から持ってきたパンを齧りながら、近くにあったベンチに腰を下ろす。


「また船旅か……」
「いやならダングレストに帰ればいいじゃねえか」
「それもそうだよね」


 憂鬱な気持ちを吐き出すように呟けば、後ろから相槌が返ってきた。振り返らなくても誰だか分かる。暗い闇夜に半ば溶け込むような出で立ちの彼は、黙って横に座った。


「…………親父さんってのは、養父か?」
「そうだよ、私の恩人。両親はこの前話した通り、もう死んじゃってる。けど気にしなくていいよ。この御時世、珍しくない話だし」


 カロルだって恐らくそうだろう。あの年の少年が一人でギルドを渡り歩いているのはドンへの憧れもあるだろうけど、そうするしかなかったから、じゃないだろうか。


「小さいのにカロルは本当に偉いよね。もうギルドの首領にまでなっちゃってさ」


 自分からふってきた話題なのに、どこか気のないように見えるユーリ。それは本題が別のところにあるからだろうか。いてもたってもいられず、自分からカードを切り出す。


「…………ねえユーリ、誰かに何か言われた?」
「唐突だな。何が言いたいんだ」
「例えば、ミョウジの娘が見つかったとか」


 ラゴウが連行される間際、叫んでいた声が思い出される。カロルの話じゃ彼はじき釈放されるーーひょっとしたらもうされているかもしれない。
 彼は気づいていないのか、隠すつもりもないのか。この頃私に向けられる視線には、探るようなものが含まれていた。


「私のこと疑ってる?」


 ミョウジは先帝を殺している。理由は分かっていないが、やがてその娘が次期皇帝候補を狙うかもしれないと。
 私が城に忍びこんだことも、騎士団長様に疑われていることもユーリは知っている。
 そう結論付けてもおかしくはない。


「別に俺は、」
「私、エステルのこと好きだよ……会ったときよりずっと」


 ユーリの言葉を聞くよりも早く駆け出したのは、最後まで聞くのが怖かったのかもしれない。
 困っている人を見たらすぐ手を差し延べる彼女を見て、放っておけばいいのにと思うと同時に、僅かに嫉妬心にも似たものが沸き上がるのは、昔一番救いが欲しかったときに出会えなかったせいだろうか。

 彼の姿が見えないところまで来て、ようやく足を止める。荒くなった息を整えようと近くの木にもたれると、狂い咲きの花々が目に入った。
 この季節には花を咲かせない木に目を奪われていたせいか、ユーリとあんなやり取りをしたばかりだと言うのに周囲への警戒は全くだった。


「よ、ナマエちゃん」


 突然の呼びかけに肩が大きく上下する。慌てて振り返って、そこにいた良く知る人物に安堵の息を吐く。
 目を見開く私とは違って、いつもと変わらぬ飄々としたレイヴン。それが私を安心させてくれた。


「こんなところで女の子が一人、なにしてるのよ」
「レイヴンか…………ちょっと憂鬱で散歩してたらユーリに捕まって、」
「そういえばおっさんもさっき青年に捕まったわ。ああやって皆のとこ回ってんのかねえ」
「意外と優しいもんね、ユーリは」


 分かってる、私に疑いの目を向けるのはエステルが心配だったから。口ではあれこれ言うが、周りのことを誰よりも心配してくれている。


「そういうわりにはナマエちゃん、顔真っ青よ?青年と喧嘩でもした?」
「そうかな……なんかここ息苦しくて、」


 幹にもたれて、ずるずると地面へ座り込む。大丈夫の意味を込めてにっこり笑ったつもりだったが、効果は微妙だったらしい。レイヴンの顔がすこし強ばった。


「宿屋に戻ったほうがいいんじゃない?おっさんが連れてったげようか?」


 私と目線を合わせるようにしゃがんだレイヴンは、私の頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。何処か懐かしいそれに驚いて声を漏らすと、レイヴンは何か勘違いしたのか慌てて手を離した。


「昔よくこうして子供をあやしてたせいか、癖になっちゃってんのよ。許してちょーだい」
「別に怒ってないよ私。ほらレイヴン、宿屋まで連れてってくれるんでしょ?おぶってよ」


 先に立ち上がったレイヴンの手を借りて起きると、何か文句を言われるよりも早く背中に飛びつく。肌寒い夜空にほんのりと人肌を感じ、すこしばかり眠気が横切る。


「ちょ、ナマエちゃん重ーー」
「重いって言ったら怒る。太ってるんじゃない、肉が脂肪より重いだけだよ」


 首に回した腕の力を無言で締め上げていけば、レイヴンは諦めたのか、よっと言う掛け声のあと視線がいつもより高くなった。
 広い背中におぶられて、ゆらゆら揺れているのは嫌いじゃない。こうされるのは小さい頃以来で、睡魔を襲われる頭がぼんやりと昔を思い出す。


「前にレイヴンさ、私に会ったことあるかも、って言ってたじゃん?」
「おっさんそんなこと言ったっけ?」
「うん、言ったよ。……でさ、レイヴンには会ったことないけど、似てる感じの人には会ったことあるんだよなあ」


 懐かしい、まだ両親が生きていた頃。両親以外ではじめて私をおぶってくれたのも、その人だった気がする。"騎士らしく"ない騎士、そんな彼のことが私は大好きだった。

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