「あのさ……突っ込んでもいい?」


 なぜこうなったのだろう。
 手元の作業は止めることなく、上目でもう一度現状を確認する。うん、やっぱりおかしい。どうしたんです?と可愛らしく首を傾げるエステルをみていると、こちらが間違っているかのような気分になるが、決してそんなことはないはずだ。


「なんで皆ここにいるわけ?」


 ユーリ、エステル、カロル、そしてジュディス。八つの目に見つめられて作業を進める私。こうまで見られては、さしずめ囚人にでもなった気になる。


「あら、自分のドレスが気になるのはおかしいかしら?」
「私はナマエの作業に興味があります。服が作れるなんてすごいですね」


 その横でうんうんと首を縦にするカロルだが、彼くらい器用ならこのくらい容易いだろうに。どう考えてもピッキング技術の方がすごいはずだ。思ったままに伝えれば、修繕くらいなら出来るが一から作るのはまた別らしい。


「だからってそんなに見られてもやりづらいんだけど……ユーリも止めてよ」
「というわけだカロル。それ以上見つめてたらナマエに穴があくぞ」


 ちくちく。針を進めていくが、私へ向けられる視線は一向に減った気配がない。それどころかエステルなんてより熱を持った視線で、私を見つめ出すではないか。
 …………非常に、落ち着かない。


「そういえばナマエが手袋を外しているところ、はじめて見ました。綺麗な手ですね」
「それの手が馬鹿力の元って考えるとすげえよな」
「ユーリは褒めてるの?貶してるの?馬鹿にしてんの?なんなら一発いっとく?」


 傍らに脱ぎ捨てた厚手の手袋に興味の対象を変えたらしいエステルに、思わずほっとする。
 だからといって私を放っておいてくれるわけではないようで、次々と疑問が浮かんでは、それを私にぶつけてくる。


「これもナマエの手作りなんですよね?」
「え、ああ、うん」
「自分の身に付けるものは全部手作りと言ってましたよね?もしかして髪飾りもです?」
「そうだけど、」
「ならあなたの武器ももしかしてそうなの?」
「………………………………」


 ジュディスまで参加してきて、この質疑会は終わりが見えなくなった。武器も、という彼女の一言でカロルもきらきらとした目をこちらに向ける。


「そっか、ナマエは"魂の鉄槌"だもんね。あ、だからレイヴンの武器も気にしてたんだ……」
「別にそういう訳じゃないんだけど、」
「"魂の鉄槌"?それがナマエのギルドなんですね。どんなことをするギルドなんです?」


 手元の布地に目をやる。これまで彼らの視線を無視して真剣に作業を勧めていたお陰で、すこしくらいなら手を止めても問題はないだろう。休憩も兼ねて、皆と話す余裕くらいもってもいいはずだ。


「"魂の鉄槌"は鍛治ギルドよ。お察しの通り武器から一家の包丁まで、幅広くやってるの。私以外は普段とある場所にある工房に篭ってるから、なかなかメンバーと合う機会はないかもね」
「髪飾りは作らないんです?」
「そこまでやるのは私くらいよ。将来独立して、装飾品ギルドを作ろうと思ってるからね私」


 自分で出来ることは自力で。いつか決めた目標だが、それを突き詰めて服や武器まで自作することになるとは、絶対に誰も予想はしていなかっただろう。私だって思ってもみなかった。だけどそのお陰で夢を見つけられたのだから、やはり人生とは不思議なものだ。
 とある魔導器に似せて造った髪飾りを、改めてエステルの前へもっていく。魔核の変わりに嵌められた石が、鈍い光を放っている。


「繊細ですね、ナマエならきっと出来ますよ」
「そう言ってもらえると有難いよ。……ま、まだまだ先の話だけどね」


 私の腕じゃまだ素人に毛が生えた程度。独立なんて出来るわけもない。年中旅ばかりしているせいなのだろうが、旅の目的をきっぱりと諦められるほど大人でもない。結局、人生の夢も旅の目的も中途半端になってしまっている。


「あ、もしかしてナマエ、だからずっと手袋着けてるの?細工には巧みな技が必要だからね」
「さすがカロル、当たりだよ。うっかりユーリの石頭殴って怪我なんてして、細工仕事出来なくなったら洒落にならないからね」
「誰が石頭だ、この馬鹿力」


 ユーリの言葉なんて聞こえなーい。
 照れくさそうに頬をかくカロルの頭を一撫でして、再び作業に戻る。
 ふとした瞬間にもしこの手に深い傷を負ってしまえば、私はこれまでと同じようには出来ないだろう。日常生活に支障はなくても、その一瞬で夢を失うことになるのだ。
 それでも旅は止められない。矛盾している。過去と未来、どちらが大切かと聞かれても私にはどちらか一方を切り捨てられないのだ。


「ナマエ、そういえばなんでこの髪飾りは魔導器を模されてるんです?」


 間を置いて降って湧いた質問に、思わず針をズブリと指に刺してしまう。小さく皮膚に開いた穴から我先にと出る血液に、私よりエステルのほうが慌てたらしい。


「ファーストエイド」


 こんなもん舐めときゃ治る、と言っても聞いてはくれない彼女は、わざわざ治癒術をかけてくれた。すぐに塞がった傷口と、何故か同時に襲ってくる不快感。貧血のように頭がぐらぐらするこの感覚、これまでも何度か体験している。
 胸の奥で膨らむ疑惑を抑えて、私はエステルの質問に答えることにした。


「本物の魔導器ーー私の両親の形見は、無くなってしまったから……」

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