どれほど時間が経ったのだろう。目覚めるとそこは帝都ではない。どこか知らない地面に転がっていた。辺りには皆の姿もある。別々のところに落ちなかったことだけは幸運であった。

 体は指一本でも動かそうものなら、全身が悲鳴をあげる。私やカロルは簡単な治癒術が使えるが、それじゃ軽い応急処置にしかならない。いや、この痛みに耐えながらとなると、その程度の術式を組むのも難しい。それほど深い傷であった。


「皆、生きてるか?」


 これまで聞いたなかで一番覇気のない声だった。私が「一応生きてるみたい」とユーリに答えると、他の皆も元気なく答えていく。
 バウルも怪我がひどく、しばらく休まなければならないし、そもそものフィエルティア号も落下の衝撃で粉々だ。街まではどうやっても自力で歩いていくしかないようだ。

 近くの木に体を預けるようにしてなんとか起き上がる。ぱっと見た感じだと、リタとカロルの傷が重症そうだ。
 それでも各々どうにか立ち上がる中、まだ地面に転がったままの体が一つある。そっと小さい体に近づき、出来るかぎり元気な声で口を開いた。


「……パティ立てる?背負ってあげようか?」
「ナマエ姐はうちの心配より自分の心配をするのじゃ……顔がアオブダイのようじゃ……」
「思ったより元気そうで安心した。さ、街までがんばろう」


 胸を強く打ったのか、さきほどからえらく呼吸がしづらい。それを見抜かれたのだろう。曖昧に笑って誤魔化し、パティに手を差し出す。強く握り返されたその手は歩き出しても離されることがないまま、私たちは足を進める。



* * *



 どうやら大陸の端にまで飛ばされたらしく、一番近くにあった街はカプワ・ノールだった。
 帝都から離れたここですら、住民がなにがあったのかと大騒ぎしている。ヘラクレスから放たれた砲撃がエフミドの丘付近に当たったらしく、街が孤立してしまったせいのようだ。
 おまけにここからでも帝都の上空が赤く暗い。エアルが雲のように渦巻いているみたいだが、まるで世界の終わりのようだ。

 それでもティグルに会ったおかげで迅速に医者に辿り着けたのは僥倖といえる。
 ベッドに寝そべり治療を受けるが、どうしてか一向に楽にならない。怪我が塞がっていくのは分かるのだが、なぜだか身体は全くと言っていいほど重苦しいままだった。私より傷が深かったリタたちが回復しても楽にならない身体。


「アレクセイのせいで世界のエアルの総量が増えてきてるのね。あんたは人一倍……いや、十倍くらい敏感だから、もう動くだけでもしんどいはずよ」
「そういえばたしかに違和感。胸のところに圧迫感があるというか……」
「エゴソーの森でもそんなこと言ってたな。満月の子ってのは皆そうなのか?」
「ううん。これは満月の子とか関係なくナマエの特異体質ね。おそらく一度に大量のエアルを体に流した結果、体の一部が変異したのよ。エアルと親和性が高いように。むしろ満月の子としての力はその副産物じゃないかしら」


 リタの言う通りならば、皇帝家の人間でもない私に満月の子としての力があるのも納得がいく。後天的なものだからこそ、デュークも「失敗作」と言ったのだ。
 理由はわかったが、失敗作と言われるのは気分が良くない。いつか一発くらい拳を御見舞したいものだ。

 ユーリたちはどちらかというと、一度に大量のエアルを体に流したという部分が気になっている風であったが、なにかを言うことはなかった。
 今は私の昔話をしている場合ではない。けど、全部終わったらそのときはーー自分から話し出す、絶対に。


「何事もなければ一生目覚めることはなかったんだと思う。けどエステルっていう強い力に惹かれて覚醒したのよ」
「それはもう一度閉じることはできないのか?」
「……わからない。けどはやくエステルを止めないと、ナマエの力がどんどん強くなってる。たとえ術式を発動させてエアルを消費しても、普通エアルクレーネがすぐにエアルを放出させてその量の均衡を守るわ。けどナマエはその一瞬の増減すら感じ取ってしまってる」


 言うなれば蓋のされていた穴のようなものらしい。はじめは気づかないような細い穴が、エステルという強い力で蓋が吹っ飛び、間近に居て刺激され続けたことで穴は広がり、いつしかその穴は太くなっていった。穴が開いているそこには水が流れ込む。流れ込んだ先は井戸だ。井戸から水を使い様々なことができるが、水は多すぎれば溢れるし、少なければ渇いてしまう。
 水はエアル。井戸は変異した体。なるほどわかりやすい。

 今エステルが近くにいないと術式が使えないのは、まだその穴が細いせいで力も不安定らしい。
 これでもまだ細いというのなら、やはり満月の子というのは余程特別な力なのだ。生来のものでない私の体は、おそらくそうなる前に壊れてしまうだろう。


「まあ簡単に名前をつけるとすると、エアル過敏症ってことね」
「ちょっと、そんな話今まで聞いたことなかったんだけど」
「言ってないもの。魔導器(ブラスティア)もないし、そんな話したらレイヴン絶対私を置いていくでしょ?」
「当たり前じゃない。その顔色でなに言ってんのよ」


 さも当然だと言うレイヴンをベッドから起き上がり睨みつける。
 なんて過保護なんだ。そう苛立つと同時に悲しくなる。嗚呼そうだろう、過保護にもなるはずだ。きっと"彼"の中では私はまだ小さい子供のままなのだ。守るべき対象としての。

 視線をそっとユーリに移す。彼は壁に背を預けたまま難しい顔をしていた。彼は必ずエステルを助け出す。死ぬつもりなんて更々ない。
 けど、私の体ではこれから起こるだろう激しい戦闘に耐えられるかわからない。リタの言葉通りなら耐えられない可能性のほうが高いだろう。


「ユーリは連れて行ってくれるよね?私を置いてったりしないでしょ?」
「……そうだな。ナマエが決めたことだ、置いてきやしねえよ」
「流石ユーリね!そういうとこ本当大好き!」
「そりゃありがとよ。ただおっさんは自力で説得しろよ。背中に穴が開きそうだぜ」


 絶対に無茶をしないという約束だったのだ。思えば私の体質からして、無茶しないという約束は守れるものではなかった。レイヴンからすればひどい裏切りだろう。
 魔導器がないことで起こりうる危険なら、彼の努力で守ることもできる。だが、今回の話は別だ。いくらレイヴンが頑張っても手が届かない領域だ。それが不安なのだろう。


「あのさ、大丈夫だよレイヴン。私はもう守らなきゃいけない子供じゃない。死にに行くわけでもないし、本当に危ないときは自分でわかるよ」
「そう言ってナマエちゃんは無茶ばっかりじゃない……本当に心配なのよ」
「うん、ごめんね。けど、置いていかれるのも辛いんだよ。待つのは……嫌だ」


 きっと納得はしていない。それでもレイヴンはもう何も言うことはなかった。
『話はエステルを助け出した後で』
 言い出したのは私と彼のどちらだっただろうか。きっとそのときがくるまで私とレイヴンの溝は埋まらない。皆のように"けじめ"をつけて終わらすには、飛び越えなければならない問題が多すぎた。

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