騎士団が極秘に建造していた移動要塞ヘラクレス。
あのフェローともやりあえるほどの火力を持った要塞のどこにも、アレクセイはいなかった。それが何を意味するのか。つまり、彼はヘラクレスすら囮に使ったのだ。私たちやフレンたち騎士団を引きつける為だけに、これだけのものを捨てたのだ。
腹心の部下であったはずの"シュヴァーン"も捨て去り、彼は一体どこへ向かったのだろう。何を目指しているのだろう。
レイヴンが唇を噛み締めるのを横目に、そっと瞼を閉ざす。
代わりと言ってはなんだが、ヘラクレスに居たのはユーリを執拗に追うあのピンク頭のザギとかいう男。エステルへと繋がる道標が絶たれた上、暴走するザギに追い詰められていた私たちだったが、思いがけない助けがあった。イエガーだ。いつも共にいる少女たちと共に現れ、私たちを助け、アレクセイの居場所を伝え去っていった。
砂漠でもそうだったが、彼はなにがしたいのだろうか。ドンを殺した憎い相手だが、あのときに貰ったキルサンタスの花を思い出すと胸がざわつく。『プレゼントするプロミス』そう言っていたが、約束ならそれは誰と誰のーー
「レイヴン、あのさイエガーって……」
「なあにナマエちゃん、何か言った?」
「……ううん、ごめん。なんでもなかったから気にしないで」
それを聞いてどうしようというのか。答えはもう分かっているはずだ。そうじゃなければこの胸がこれほどざわめくわけがない。あとは思い出すだけだ。彼の名前、表情、声音、仕草のひとつひとつをーー。
苦戦する騎士団に行ってしまったフレンの帰りを待つことなく、私たちは船に乗り込む。残念だが、ここまで状況が悪化しては私たちとの合流も難しいだろう。
『アレクセイはザーフィアスにいる』
『帝都ザーフィアスの御剣の階梯に秘密かまあるのだわん』
イエガーたちの残した言葉を信じ、バウルが全速力で帝都まで飛ぶ。足止めに引っかかってしまったことが悔しくて仕方がない。一刻も早く帝都へ。気持ちばかりが先走る。だが、帝都に近づくにつれ、見えてくる光景に違和感を抱かずにはいられなかった。
「おいおい!結界がないぜ」
「アレクセイの野郎の仕業か」
結界がない。なら今頃街には魔物が入り込んでしまっているはずだ。
騎士団が守るべき民を蔑ろにする。本当にアレクセイは昔と変わってしまったのだ。キャナリが信じていたアレクセイはもういない。そのことになぜか怒りを通り越し、寂しさが胸を締め付けた。
目指すべき場所は"御剣の階梯"。だがそれが帝都のどこにあるか皆目見当もつかない。歩いて探し回るわけにもいなかない。
そこでジュディスがバウルに呼びかけ、エアルの流れを追ってくれるように頼む。アレクセイがエステルと聖核(アパティア)を使っているのなら、そこには必ずエアルの乱れが生じているはずだ。
しばし空を巡回するバウル。彼からなにか合図を受け取ったのか、ジュディスの視線が一点に向かう。
「……見つけた」
城の頂上。そこにアレクセイとエステルの姿はあった。無理矢理に力を行使され悲鳴にも似た叫び声を上げるエステル。はやく彼女を助けなければ。そう思ったのはなにも私だけではないだろう。
真っ先に駆け出したのはユーリだった。船から身を乗り出すだけでは足らず、そのままエステルに向かって飛び降りてしまった。
「エステル!」
「いやっ、力が抑えられない!怖い!」
「弱気になるな、エステル!今助けてやる!」
必死にユーリが手を伸ばす。エステルもそれに応えたように見えた。だが二人の手が繋がるよりも、アレクセイが力を発動するほうが早かった。
「ユーリ危ない!」
「くそっ!」
衝撃で吹き飛ぶユーリの手を慌てて掴む。上半身が船体から乗り出していることなんて不思議なくらい気にならなかった。緊張で汗ばむ手をしっかりと握りしめる。
アレクセイが直接的な攻撃をしてこないのはどうしてだろう。一瞬脳に疑問として浮かび上がったが、エステルの表情を見て気づいてしまった。
「これ以上、誰かを傷つける前に……お願い……」
ユーリが手を伸ばしたときの、希望に満ちた彼女の表情はもうない。隅から隅まで絶望に塗りつぶされている。
一歩間違えればユーリは空から地上に叩きつけられていたのだ。自分の力が他者を害している。今まで癒す立場だった彼女にはそれだけで身を切られる思いだろうに、更に身近な者の死を感じ、エステルは恐怖してしまったのか。大粒の涙を瞳から溢れさす。
「殺して」
風の音で私の耳にははっきりと聞こえなかったその声。なのに分かってしまった。エステルが何を考えたのか。
そんなのはだめだ、やめて!と彼女に言いたかったのに、突如猛烈な風が巻き起こり、私たちはバウルごと吹き飛ばされてしまった。
× 戻る ×