ルブラン。アデコール。ボッコス。
 現れたシュヴァーン隊の三人はあっという間に瓦礫を排除し、私とレイヴンを地上に連れ出してくれた。情けない話だ。木乃伊取りが木乃伊になるとは。それなのに私の目の前ではルブランが頭を下げている。「シュヴァーン隊長を助けて下さってありがとう」と。


「……助けてくれたのは、あなたたちのほうじゃないですか。これじゃあ立場が逆ですよ」
「逆ではありませんぞ。あなたは確かにシュヴァーン隊長を助けた。シュヴァーン隊の騎士として感謝すべきです」
「なにそれ、変なの…………でも、ありがとう」


 先に行ってくれと告げたレイヴンを残し、彼らの船に乗った私は、非常に居心地の悪い思いを味わっていた。
 三人に取り囲まれたまま、簡単に傷の手当を受け、突き刺さる視線に耐える。アデコールとボッコスの二人はなにか言いたげに口をモゴモゴと動かしてばかりだ。真面目なルブランはそれを見て「失礼だ」と叱責するが、彼も私に聞きたいことがあるのは明らかだった。


「傷の具合は如何ですか?ここでは十分な手当もできずに申し訳ないですが」
「そんなことないです、これで十分。けっこう丈夫なの、私」


 とは言ってみたが、傷はとりあえず塞がっただけで痕などは身体中にはっきり残っている。他の隊よりも能力が劣ると噂されているシュヴァーン隊に治癒術士がいただけでも幸運だ。丁寧に包帯も巻こうとしてくれたが、流石にそれは辞退する。今は動くことが出来れば十分だ。

 これほどの数の騎士に囲まれるのは何年ぶりだろう。血濡れた上着はあの地下に置いてきてしまったので、今私と彼らを遮るものはなにもない。
 親しいどころか、そもそも名前も知らなかったような関係の私と彼ら。怪我の手当が終わってしまえば会話は当然のように途切れる。いっそ放っておいてくれればいいのに、部下の視線に耐えかねたルブラン小隊長が再び口を開く。


「失礼ですが、隊長とはどういう関係で?」


 おそらくこの船にいる全員が気になっていたことだろう。台詞に合わせるように皆の視線が集中する。


「……ただの仲間、ですよ」


 あまりの注目に思わず吐きそうになる。ただどれほど見つめられても残念なことに、私はそれ以外の答えを持ち合わせてはいない。
 知り合いというには深く知り過ぎていし、失恋相手というにはなにかが足りなかった。彼と私を彩る関係の名前なんて、むしろこっちが教えてほしいくらいだ。


「それではユーリ・ローウェルとはどういう関係で?」
「ユーリも仲間です、大切な仲間。元は帝都で偶然会っただけなんですけど…………気づけばこんなところにいるなんて」


 さきほどの問いとは違い、すらりと言葉が出てくる。
 私のことを知った上で信じると言ってくれた彼にはその言葉が相応しい。いや、それでは足りないかもしれない。彼にとっては何気ない一言であっても、私にどれほどの救いをくれたか。

 そんなユーリを裏切ることにならずにすんだのも、全部ルブランたちのおかげだ。これまではユーリを追いかけている仕事熱心な騎士としか認識していなかったが、今回のことで意識が変わる。


「……ここの小隊の騎士は、立派ですね」


 それは腕が立つという意味ではない。もっと別の、良い意味で帝国の騎士らしくないということ。キャナリが目指していたものの片鱗を見ているような気さえする。
 頑固で融通の効かないところはあるが、職務に真面目で、噂ばかりが独り歩きするシュヴァーンのことも、それに引き摺られることなくきちんと本人を見ていた。たった一度指導を受けただけなのに、それをしっかりと吸収し、部下に引き継がせる。決して目立ちはしないが、騎士として立派な話だ。


「…………その、女性にあれやこれやと聞くのは失礼と存じてますが、最後にもう一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「ひょっとしてミョウジ元隊長殿のご息女ではないですか……?」


 この質問がくることを覚悟はしていた。それでもやはり、一瞬身体が凍ばるのを止めることはできなかった。
 口を閉ざすか、はっきりと否定するか、はたまた適当な嘘で誤魔化すか。脳裏に浮かんだ選択肢をすぐさまかき消し、服の裾を両手で握りしめ口を開く。


「そう、です。私の名前は、ナマエ・ミョウジ……父は前隊長首席です……」


 言葉が喉の奥に引っかかりながらもそう告げる。いくらでも嘘で誤魔化すことは出来たが、私はもう父のことで嘘をつきたくなかった。
 私の顔を見て父を連想する人が少なくても、はっきりとそう告げてしまえば違う。ましてや彼らは騎士団の一員だ。その裏切者ともいえる父の名を出せば、一瞬で空気が凍る。

 やはりといった表情をするルブラン。次にくる言葉が怖くて、涙をこらえて俯く。
 父がアレクセイと親しかったのは騎士団の中では有名な話だ。今となっては先帝殺害に加え、アレクセイの悪事に加担していた疑惑すらある。どんな罵声が飛んできてもおかしくはない。覚悟の上での告白だったが、肩の震えは隠しきれない。



「……さすがミョウジ元隊長殿の娘殿。お父君にそっくりでありますな、一目で分かりました!」
「え?」
「昔、元隊長殿とよく騎士団にいらしてましたから、私ぐらいの歳の騎士は皆覚えています」
「ちが、そうじゃなくて……」


 震える肩にそっと手を置いたルブランの顔は、慈愛に満ちていた。私を罵倒する意思などそこには感じられない。


「前隊長殿の活躍を直接見る機会はありませんでしたが、その人柄は十分すぎるほど存じてます。その隊長殿の娘殿にお褒めの言葉を頂くとは、小隊長として誇りに思いまする!」
「そんな、だって……私のお父さんは…………知ってるでしょう?!なんて言われてるか、」
「……嘆かわしいことですが、そういう噂があることも事実。しかし、私個人はミョウジ前隊長殿を信じております」


 "ミョウジ疑惑"と云われているだけあって、騎士団に確固とした証拠があるわけではない。
信じる信じないは自由だと、あっけからんに言うのだ。
 父のことを現実に知っている人が、父を信じると言ったのだ。私のことを利用しようとしたラゴウの瞳とは違う。娘である私ですら、アレクセイの言葉で父を疑ってしまったというのに。ルブランは未だに父を信じていると言い切ったのだ。


「やっぱり、救ってくれたのはそっちじゃない……」


 真っ直ぐな瞳に耐えきれず、逃げ出すように膝に顔を埋める。慌てたように三人の心配する声が追いかけてきたけど、とてもじゃないけど見せられる顔ではない。

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