バウルに乗り、空からバクティオン神殿に近づく。
 すると目的地の上空では、激しい爆撃と、それを飛び回り回避する一匹の魔物の激しい攻防が繰り広げられていた。

 始祖の隷長(エンテレケイア)のアスタルというらしい彼は、ヘラクレスから放たれる攻撃に既に大分疲弊しているようだ。
 だからだろう。一瞬できた隙をついて、山の麓にある遺跡に逃げ込んでいった。だがそれは、彼を誘い込む為の罠にも見えた。いや、わざわざヘラクレスを連れてきているのだ、おそらくアレクセイはまだ聖核(アパティア)を狙っている。

 私たちはヘラクレスに気づかれないよう、すこし離れたところから降りて神殿に向かうことにした。
 手付かずの森を進んでいくと、最近つけられた足跡が幾つも見つかる。それを目印にアレクセイを追う。しばらく行くと、巨大な石造りの建物が目に飛び込んできた。


「アレクセイ!」


 神殿の入口にはアレクセイと親衛隊、そして宙に浮く球体に閉じ込められたエステルの姿があった。
 アレクセイは私たちの姿を認めると、忌々しいとばかりに舌を打つ。


「イエガーめ、雑魚の始末も出来ぬほど腑抜けたか」
「アレクセイ……あなたは一体、エステリーゼ様に何を?!」


 あれがどういったものなのかはわからないが、よくないものだということは察しがつく。

 リタやカロルが口々にエステルを返せと叫ぶが、当然彼は応じるつもりなどない。それどころか、ひとつの不思議な石をエステルに掲げた。


「うあ!あ……ああああぁっ!」


 その瞬間、球体内に電撃が走り、私たちはわけがわからないまま物凄い力によって地面に転がされた。
 全身を強く打ち、更に大量のエアルが消費されたのか、急激に息が苦しくなる。立ち上がることすらできず、その場で喘ぐことしかできない。


「このとおり、何の補助もなしに力を使えば、姫の生命力が削られる。諸君も姫のことを思うならこれ以上邪魔をしないことだ」


 立ち去るアレクセイとエステルの姿を最後に、私たちは意識を手放した。


* * *


 そして次に目覚めたとき、当然二人の姿はなく、代わりにフレン隊の二人がいた。彼女たちはヨーデル殿下の命で、わざわざ小隊を引き連れて来てくれたらしい。
 彼女はフレンに戻ってきてほしがっていたが、結局フレンは意思を貫く形で神殿に進んで行ってしまった。
 事実、私たちには彼女に構っている時間はない。フレンの判断は間違ってないだろう。ユーリに激情をぶつける彼女を置いて、神殿に足を踏み入れた。


「ここ相当古いし暗いけど……皆、大丈夫?あそこ床が崩れて……って、もう落ちてるじゃん……」
「ご、ごめんナマエ……。よく見えなくて……」


 いつの時代に作られたものなのか。石造りの神殿は外の明かりを通さず、奥に進むほどより暗くなっていく。
 屋根や床が崩れ落ちている箇所もあり、相当危険だ。
 動物故にそういった能力に長けたラピードが、穴に落ちたカロルを嘲笑うように一鳴きする。


「ナマエ、引っ張り上げてよー」
「はいはい。ほら、手出して」


 カロルを引っ張り上げている隙に、リタが手持ちの材料で簡単なランタンを作る。おかげで視界は明るくなったが、それ以外にも迷路のように同じ景色が続いていて、気を抜くと迷子になりそうだ。
 慎重に地図を作りながら歩いていくが、本来なら一気にエステルの元まで駆け抜けたいのだ。皆の中にも焦りや、苛立ちが生まれてくるのがわかった。


「……ねえ、この像なんの像なんだろ」


 立ち止まったカロルの目の前には、巨大な像がひとつ。おそらくはここに祀られているものの像だろうが、人とは言い難い形をしている。


「案外、外で見た始祖の隷長(エンテレケイア)を祀ったものだったりして」
「ありえるかもな。人間以上の力を持ち、言葉を話す存在だ。昔の人間が崇めようと思ったって不思議じゃない」
「もしかしたら、始祖の隷長と人間の関係は思ってたより近かったのかもしれないわね。長い長い時の流れが両者を引き離して、今の状況を生んだのかも」


 人と始祖の隷長が良好の関係を築いていた時代。そんなものが本当にかつてあったのだろうか。
 十年前には戦争になるほど関係が悪化している人と始祖の隷長。私の大好きな人たちもそこで死んだ。正直、恨む気持ちがないとは言えない。自分自身も満月の子として、一歩間違えれば命を失うような立場だ。
 それでもーー戻れるならば、昔のような関係に戻りたいと思う。

 しばらく進んでいくと、封印の施された部屋を見つけた。
 その先にアレクセイがいるのは間違いないだろう。だが、古代技術を使った封印結界となると、さすがのリタでも解除することができない。


「おまえたち…………あの娘、満月の子はどうした?」


 行き詰まる私たちの元に、ひとつの足音と聞き馴染みのある声が降ってきた。
 腰まで届く銀髪の男ーーデュークは挨拶もなしに、私たちを見渡すなりそう言った。


「アレクセイがこの奥に連れ去っちゃったんだ」
「……なるほどな。そういうことか」


 私たちにはさして興味もないのだろう。視線はすぐに行く手を阻む封印結界へと向けられる。


「あんたもアレクセイに用があるのか?」
「この地のエアルクレーネが、急速に乱れつつある。私はそれを収めに来た」
「……収めにって、あんた具体的になにするつもりよ」
「エアルクレーネを鎮め、その原因を取り除く」
「はっきり言ったらどう?エステルを殺すって」


 その瞬間、私へと向けられた鋭い眼差しに、肩が震える。
 エステルをーー満月の子を殺すというのなら、私もそうするのか。そう叫びたいのに、息が詰まってうまく声が出ない。
 デュークも私のそんな様子に気づいたのだろう。見下す瞳に怯えていると、吐き捨てるように言い放った。


「……例の失敗作か。なるほど、暴走した満月の子に反応して、力が強まっているのか」
「失、敗作……?なに、それ……私のこと?」


 いや、違う。その視線には、哀れみが含まれていた。人間同士で向けるものではない。
 自らは語ろうとしないデューク。そんな彼に詰め寄りたくなる身体を必死に抑える。今はそんなことをしている場合ではないし、答えを知るのが怖かった。

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