耳を劈く爆発音。交わされていた議論もほっぽり出して、皆が一斉に外へ出る。街の住民も一様に顔を見合わせており、これが異常事態であることを示していた。
 音の発生源となったと思われる街の入口に行くと、そこにはなぜか一つだけ稼働している魔導器があった。


「……魔核(コア)が装備されてる」
「ここに何か文字が……転送魔導器(キネスブラスティア)……?」


 つまり今の音はこの魔導器が作動したものなのだろうが、とても普通の音ではなかった。
 それにミョルゾの人たちは既に魔導器を捨てた生活を選んでいる。外から魔核を持ち込んだとして、それだけで直ぐに動くわけではないのだ。


「エステル……エステルはどこ?」
「そういえばおっさんもどこ行ったんだ?」
「ただ魔核を持ち込んで調整なしに装着したって動くはずない。だけど、エステルなら別かもしれない。エアルに直接干渉できるのなら、魔核の術式にあわせてエアルを再構成することも出来るかも」


 消えた二人。響いた爆発音。エステルのもつ力。
 街の人たちにも手伝ってもらい、二人がどこかにいないか街中を探したが、結局見つかることはなかった。つまり、エステルとレイヴンがあの転送魔導器を使い、ここから出たのはたしかなのだ。

 だけど、どうして。
 皆の頭の中に同時に浮かぶ疑問。だけどそれを考えるよりもはやく、二人のことを探さなければならない。

 ミョルゾの主である始祖の隷長(エンテレケイア)にジュディスが語りかける。転送魔導器のエアルの流れ、二人がどこへ消えてしまったのかを教えてほしいと。


「西の方、砂の海……街?もうひとつはっきりしないけど、砂漠の街……多分、ヨームゲンの方だと思うわ」


 私たちが以前そこを訪れたのが、随分昔に感じられる。
 二人の手がかりは得られたが、より謎は深まった。あんな砂漠の真ん中にある街にわざわざ、なにをしに行ったのか。

 考える暇はない。直ぐに船に乗り込み、バウルに目的地まで運んでもらう。
 リタは心配そうに、船の上からもエステルを探しているが、こんな場所からではなにもわからない。バウルもなるべく急いでくれているのだが、この移動にかかる時間ーー自分になにもできないのがもどかしいのだろう。

 彼女は船が地面に着くなり、真っ先に飛び出した。私たちも急いであとに続くが、目の前に続く景色に言葉を失う。
 そこにはーー街なんてなかったのだ。


「これは……」
「どうなってんの?完全に廃墟だよ……?」


 しかも昨日今日そうなったというものではない。もう何百年も大昔に、というような朽ち方だ。
 だが場所を間違えたわけではない。私たちをここに運んだのは始祖の隷長であるバウルだし、僅かに残る廃墟と記憶の中の街に重なるところもある。


「静かに。誰かいるわ」


 こんなところに人がいるわけがない。
 だが私たちよりすこし離れたところに、デュークと竜の姿をした魔物が見えた。その魔物は、以前カドスの喉笛でエアルを吸い込んでいたものと同じだ。
 どうやらデュークとは親しいらしく、彼はそのまま竜の背に乗り去っていってしまった。


「逃がしたか……」
「っ!」


 至極残念そうに、そう呟いたのは私たちではない。
 声の主に振り返ると、砂漠には似つかわしくない姿ーー騎士団長アレクセイがそこには立っていたのだ。後ろには騎士を幾人も引き連れている。


「時間がない。残念だが、こうなればもはややむを得んな」
「アレクセイ、なんでこんなとこに……」
「ほう、姫を追ってきたか、よくここがわかったな」
「エステルがどこにいるか知ってるの?!」


 まるでエステルの行方を知っているような口ぶりの彼に、瞬時にリタが食いついたが、周りの騎士たちから一斉に武器を向けられ近づくことすら許されない。
 こんなの帝国の騎士団長として、いや、私の知るアレクセイ・ディノイアという男として、絶対におかしい。彼はこんなことをする人間ではなかったはずだ。


「君たちには感謝の言葉もない。君たちのくだらない正義感のおかげで、私は静かに事を運べた」


 私たちと彼を隔てる騎士たちの後ろで、彼は雄弁と語りはじめた。
 いつも見る、部下や民衆に話しかけるものではない。私たちを見下し、嘲り笑うかのような喋りだ。背筋にいやな汗が滑り落ちる。


「古くは海賊アイフリード、そして今またバルボス、ラゴウ。みなそれなりに役に立ったが、諸君はそれを上回る。素晴らしい働きだった。まったく見事な道化ぶりだったよ」


 ーー道化、と。アレクセイは今はっきりと目の前でそう言った。
 おかげでかつて父が信じた男の本性を前に、私はひどく混乱していた。以前彼と相対したとき、あれほど慎重に言葉を選んだことも忘れ、感情が命じるがままに音をのせる。


「ちょっと待って……嘘よ、だって……皆ずっとあなたを信じて……いつからそんな……!お父さんはあなたのこと、」
「ああ君か、ナマエ・ミョウジ。君の父上と、かつては親しい友で、ミョウジは素晴らしい男だった。駒としては……それほど役に立たなかったが」
「やめてよ!お父さんは、あなたの駒なんかじゃ…………」


 アレクセイは公平な男だ。それを今まで疑ったことはない。なによりもキャナリや父、私よりも彼に近しい人たちは私よりも一層彼のことを信じていた。だからこそ、かつて父が語った彼の勇姿をこれまでずっと信じていた。
 騎士団に追われる身となっても、信じていたのだ。
 なのにそれがすべて偽りの姿だと知らされ、父がその駒だと侮辱されーー脳が、感情が追いつかない!


「ーーふざけないでっ!」


 腰から剣を引き抜いた私を、片腕でユーリが押しとどめる。
 私が彼に勝てるわけがない。それでも今、この男を放っておくことができそうになかった。歯を食いしばり男を見やるが、私など小石ほども気にしていない。その様がより一層私の殺意を明確にしていく。


「何もかもてめえが黒幕……笑えねえぜ!アレクセイ!」
「騎士団長!」


 ユーリの叫びに被さるように現れたのは、金髪の騎士ーーフレンだった。
 よほど急いで駆けつけたのだろう。彼の額には汗がはっきりと浮かび、眉間に深い皺こそ刻まれているが、声色一つで彼も混乱していることがよくわかる。


「ふん。もう一人の道化も来たか……」


 その一言にフレンの表情は怒りと絶望で綯交ぜになった。つまりはフレンすらも、彼の駒でしかなかったのだ。
 アレクセイはどれほどの人間を弄び、裏切ったというのか。彼という人間の真はどこにあったのだろう。私と彼を繋ぐ人たちの顔が、浮かんでは消えていった。

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