「なんか、不思議な景色だよね」
「不思議とかそういう前にさ、ここ浮いてるんだけど。空の上なんだけど。皆反応薄くない?なに、私がおかしいの?」


 リタが魔導器(ブラスティア)を停止させたのは、それからすこし経ってからのことだった。
 それを伝える言葉が下まで届くと同時に、あれほどまでに猛攻を仕掛けていた騎士団は、驚くほどあっさりと引き上げていった。なにか裏を感じないでもないが、考えるのは後回しにした。

 そうした私たちは遂にクリティア族の街、ミョルゾに辿りついたのだが、その正体に私は開いた口が塞がらない。


「始祖の隷長(エンテレケイア)の中に街があるなんて……」
「こんな街があるなんて知りませんでした」
「気が遠くなるほど長い間、外界との接触を断ってきた街だから、ミョルゾは」


 空を泳ぐ巨大な海月。その正体は始祖の隷長で、中には街がある。一度に飲み込むには胸焼けしてしまいそうな衝撃だ。
 下界とは違う、言葉では言い表せない独特の空気をもつ街に圧倒されながらも進んでいくと、なぜか向こうからも大量の人波が押し寄せてきた。


「こりゃ驚いた。本当に外から人がやってきたぞ」
「あら、まあまあ。ミョルゾを呼んだのはあなたたち?」
「おやおや?これはまた妙な感じだ。変わった飾りを着けてるね」
「あなたみたいな小さい子がどうやってここに来たの?」


 街の住人は、私たちを取り囲むと口々に言葉を発する。のんびりとした口調で、思ったままに喋っているといった風だ。妙な雰囲気に圧倒され、誰もが言葉を詰まらす。
 そうしていると、ふと住人の一人がバウルを見て不思議そうに声を上げた。


「この魔物ってひょっとして、始祖の隷長かい?」
「バウルよ。忘れてしまったの?」
「あら、あなた、何年か前に地上に降りた……確か、名前はジュディス。そうジュディスよ。何かすることがあったのよね?それで……」
「もういいかしら?長老さまに会いたいのだけれど」


 会話を遮り、ジュディスがそう問うと、街の人はあっさりと頷いた。ひとしきり話して満足したのか、他の人たちもまた一人一人去っていく。


「基本的にクリティア族って、ああいう人たちなの」
「ああいう、人?」
「明るくて物怖じしない。楽天的で楽観的。よくも悪くも、ね」


 言われてみれば地上にいるクリティア族にもそういった面はあった。だが地上に住んでいるせいか、彼らのほうがもっと世間擦れしている印象を受ける。


「で、長老ってのもそんな感じなのか?」
「なんて言うか……まさにおかしな人の長老って感じかしら」
「うわあ……ちょっと会うのに勇気いるわ私」
「会ってみてのお楽しみだな」


 唯一この街を知るジュディスを中心に話は進み、さきほど住人たちが去っていった方角へ私たちも歩いていく。

 街の広場と思われる場所には無数の魔導器が置かれている。リタも見たことないようなものが沢山、それこそ山のようにあるが、どれも動いていない。魔核(コア)がなく、筐体(コンテナ)ばかりがそこにはある。


「この街は魔導器を捨てたの?ここにあるのはみんな大昔のガラクタよ」
「どういうこと?」
「それがワシらの選んだ生き方だからじゃよ」


 カロルの疑問に答えたのはジュディスではなかった。年老いたクリティア族の男性がいつの間に会話に加わっていたのだ。一風変わった老人に、ジュディスは会釈と挨拶をする。


「お久しぶりね、長老さま」
「外が騒がしいと思えば、おぬしだったのか。戻ったんじゃの」


 長老さまと呼ばれた老人は挨拶もそこそこに、ユーリの腕にある武醒魔導器(ボーディブラスティア)を驚いたように見入る。


「ふーむ。ワシらと同様、地上の者ももう魔導器を使うのをやめたかと思うていたが……」
「ここの魔導器も、特別な術式だから使っていないんです?」
「魔導器に特別も何もないじゃろ。そもそも魔導器とは聖核(アパティア)を砕き、その欠片に術式を施して魔核とし、エアルを取り込むことにより……」
「ちょ!魔核が聖核を砕いたものって?!」


 驚愕の事実に、リタが長老の話を遮って問いかける。
 現代の技術では筐体の生産はできるが、魔核はできない。それはなぜか。魔導士たちが追い求めてきたであろう答えが、そこにはあった。


「聖核の力はそのままでは強すぎたそうな。それでなくてもいかなる宝石よりも貴重な石じゃ。だから砕き術式を刻むことで力を抑え、同時に数を増やしたんじゃな。魔核はそうして作られたものと伝えられておる」
「……皮肉な話だな」
「うん……。魔導器を嫌う始祖の隷長の生み出す聖核が、魔導器を作り出すのに必要だなんて……」


 そっと自身の魔導器に触れる。ベリウスやバウルの生命が魔核になると知ると、ただの道具だと思っていた魔導器が、途端にひどく重苦しく思えてくる。

 もっと色々な話を聞かせてほしい旨を長老に伝えると、彼は快く承諾してくれた。
 街の一番奥にある、ひとつだけ屋根の色の違う家。そこがクリティア族の長老が暮らす屋敷だった。

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