山頂にある魔導器(ブラスティア)は、ひとつめの物と同じように、騎士たちによって厳重に守られている。


「おまえたち、騎士団の任務を邪魔すると罪に問われるぞ!」
「そりゃありがたいね」
「捕まるのはちょっと……なんで、忘れてもらいたいなあ」


 私たちに気をとられて魔導器から目が離れた一瞬。その一瞬の隙をついて、リタが魔導器に駆け寄る。
 気づいた数人が慌てて戻ろうとするが、その背に向けて落ちていた石をぶん投げる。軽装だった彼はすぐさま地面に崩れ落ちた。


「どうだ、リタ」
「案の定、こっちにも暗号術式がかかってるわ」
「解けそうか?」
「死ぬ気でやるって言ったでしょ。こうなったらミョルゾに行くための案件とかもう関係ないわ。騎士団の奴らの手に、この子をそのまま残すなんて絶対できないから」


 魔導器からぴくりとも視線を外さずに、リタは言い切った。はじめて会ったときから変わらず、彼女が魔導器に向ける愛情は真っ直ぐだ。

 最後の一人をカロルがハンマーで叩いて沈めると、彼は休むことなくどこかへ足を向ける。


「あら、どこ行くの?カロル」
「さっきみたいにまた親衛隊が来るといけないから、下で見張ってる」
「え?なら私も着いていくよー」


 ジュディスとパティも彼に続き、山頂をすこし降っていく。
 カロルの隣に着いていくと、彼はすこし意外そうにこちらを見上げてきた。


「ナマエ珍しいね。わざわざこっちに着いてくるなんて」
「まあ騎士をどうにかするのはめんどくさいし、なるべく関わりたくないけど……今はじっとしておくのも嫌だから」
「そっか。なら一緒にがんばろうね!」
「いや、あんまり数が多かったら私は逃げるんで!」


 ごめんね!と堂々と笑ってみせたら、カロルには呆れたようにため息をつかれた。

 けど、これは冗談とも言えない。すこし離れたところに、気配をいくつか感じる。おそらく騎士団だろう。
 私たちをどうにかするつもりにしては数が少ない。つまり、まだその気はないのだ。戦力を小出しにして、こちらの体力を削いでいき、頃合をみて一気に攻めあげるつもりなのだろう。


「あーあ……。カロル、ほらもうきたよ」
「よし!ここは絶対に通さないぞ!」


 一人の魔道士が放った術を皮切りに、数人の騎士が一斉に襲いかかってくるパティが足元に銃弾を放ったが、全く退く様子はない。


「絶対にリタ姐のところには行かせないのじゃ!」


 船を降りたばかりのときとは打って変わって元気になったように見えるパティ。落ち込んで足でまといになる彼女に、リタが言った「仲間なんだから気にするな」という台詞がよほど響いたのだろう。

 その一方で、彼女が私になにか言いたげな視線を度々向けているのには気づいていた。パティ自身も声をかけるか悩んでいるのか、私が気づかないふりをしていると彼女も口を開くことはなかった。


「あら、考え事なんて余裕があるわね」
「ちょっとナマエ、一人も通さないでね!」
「いやいやいや、ジュディスなんてことを言うの。私そこそこ働いてるよ!」
「もしかしてあえて全力を出さないつもりなのかしら」


 この場で楽しげに微笑む余裕があるのはジュディスだけだ。
 休む間が与えられないのはなかなかに堪える。こちらはリタが魔導器を停止させられるまでの時間を耐えなければならない上に、相手のように戦力が豊富なわけではない。やはり持久戦となればこちらが不利だ。

 額を流れていく汗に、次第に苛立ちが募る。
 目の前を掠める槍先。騎士は避けられて悔しそうに舌を打つ。苛立つのは向こうも同じらしい。繊細さを欠いた動きで、脳天に叩きつけるように槍を振り上げた。
 相手は騎士団の中でも精鋭の親衛隊。だからこそ、その隙はとてつもない好機だった。
 一歩踏み込み、槍先ではなく、柄の部分を相手の腕ごと掴み取る。肩にはかなりの衝撃だったが、単純な力勝負ならこちらにも分がある。力任せに引くと、油断と驚愕の狭間にいた騎士は簡単に引きずられ、バランスを崩し倒れた。


「はーい皆、うまく避けてねっ!」
「え、なにってうわあああ!」


 その騎士を持ち上げ、また新たにやってきた敵の方へ、ぶん投げた。
 たかだか人間一人ーーとはいえ、鎧を着込んだ、鉄の塊のようなものだ。位置的にもこちらが山の頂上に近い。聞こえた蛙が潰れるような声は、なにも一つではなかった。


「今ので、肩が……めちゃくちゃ痛……」
「相変わらず、すごい怪力だねナマエ……」
「カロル、乙女になんてことを。けどこれですこし間ができたでしょ。この隙に他の皆も呼んでくるね」


 これ以上四人だけで踏みとどめるのは限界だろう。
 頂上まで小走りで向かう。頂上に近づくと、私に気づいたユーリが声をかけてくる。


「援軍がおいでなすったか」
「うん、そろそろユーリたちにも助けてほしいんだけど……」


 ちらりと横目でリタを見るが、彼女はまだ作業中だ。それも、順調とは言い難い様子である。本人の中にも焦りが出てきたのか、リタは魔導器の調整をやめ、あろうことか突然魔術の詠唱をはじめた。


「もうこいつ壊して……そいつらぶっ倒す!もう時間かけていられないでしょ!だってこのままじゃあんたらが……」


 リタにとって魔導器とは、自身の命より重いものだった。それを今、私たちのために捨てようと云うのだ。


「私たちが倒される、そう言いたいの?あなたは私を、私たちを信用できないの?死ぬ気でやるんでしょ?」


 もうすこしで魔術が発動する、そんなとき。リタの叫びが聞こえたのか、ジュディスの言葉が下から飛んできた。その一言にリタの魔術を詠唱する動きが止まる。


「わたしたち、負けませんから!リタ、その魔導器を助けてあげてください」
「ああ、がんばるのじゃ!ここはうちらで絶対守る!だから、がんばれ!」


 ジュディスだけでない。皆がそれぞれに、騎士を食い止める為、山を下る。
 私とリタだけが場には取り残され、下からは激しく金属のぶつかる音が聞こえてくる。


「……あのさ、リタ」
「あんたまでなんか言いたいわけ?」
「別に。ただ、リタの心臓を守るために戦うのは嫌じゃないから……大事にしてあげてよ」


 はじめてあったとき、リタは魔導器の為なら自分が傷付くのも厭わないと言った。そして今、仲間を守るためにその魔導器を切り捨てようとしている。
 なぜかその姿に引っかかるものを覚えた、それだけのことだ。思ったことを伝えたあとは、私も下にいる皆に加わる。

 下には先ほどまでとは比べものにならない数の騎士たちが押し寄せている。向こうもそろそろ勝負を決めるつもりらしい。


「……わかったわよ!死ぬ気でやってやるわよ。その代わり、あんたらも死ぬ気でやんなさいよ!」


 背後から届いた叫びに、わざわざ振り返る人間はどこにもいなかった。ただ前の敵を見据え、今やるべき事の為に、武器を振るう。

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