「ここがエゴソーの森、クリティア族の聖地よ」
ジュディスの案内のもと辿りついた森は、木々の隙間から漏れ出す陽が気持ちのいいところだった。高低差のある地形に合わせ、ところどころに吊橋もかかっていて、散歩するにはもってこいの場所だった。
もっとも、山の上に巨大な兵装魔導器(ホブローブラスティア)が陣取っていなければの話だが。
「あの兵装魔導器と、あれを持ち込んだ奴をどうにかすればいいんだっけ?」
「うん。ミョルゾへの行き方を教える代わりにそいつら何とかしろって」
何とかしろという物言いはひどく曖昧で適当にも聞こえるが、一族の聖地と云われる場所にあんなもの持ち込まれては投げやりになる気持ちもわからなくはない。
兵装魔導器はリタがなんとか処理をしてくれるそうなので、まあ心配はなさそうだ。
そんな私たちから後ろにすこし離れた位置で、パティはぼーっと空を眺めていた。誰かが話しかければ答えるし、船で休んでればと言えば首を横にする。
ーーうちは、この辺りでみんなとバイバイしたいのじゃ。
ここへ来るまでの間、船で交された会話がふと頭の中を過ぎる。多分、あのときパティが言ったみんなの中には私も入っていたのだと思う。
私は何も考えられず、パティがそうしたいならと答えた気がする。結局ユーリの一言で、私もパティもここに残ってはいるが。
「あのさナマエは……ナマエはもう大丈夫なの?船に残ってなくて大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込んできたカロル。なにがとは言わないが、おそらく私が父の死を目の当たりにしてしまったことについて言っているのだろう。
「そのことはもう大丈夫だよ、ありがと。今はここを陣取ってる奴らのほうが気になるしね」
「……そうだね。僕も目の前のことに集中しよう」
話し合いでどうにかなるとは思えない。つまり端から武力行使ありきの話なのだ。
魔導器が運び込まれた跡を辿り、ふらふらと歩いていけば、突然物陰から剣先が向かってきた。
「ひっ!」
「止まれ!ここは現在、帝国騎士団が作戦行動中である」
「な、なによいきなり!危ないでしょ!こっちは民間人なのよ!」
向けられた切っ先を避けるようにして隣のカロルに抱きつく。
その鎧の色は緋色ーー帝国騎士団の頂点に立つ男と同じ色を纏っている。つまり彼らは騎士団の中でも優秀な人材が集まる、皇帝直属の部隊である親衛隊なのだ。
「法令により民間人の行動は制限されている」
「ふーん、それはいいとしてもその刃、どうして俺たちに向いてるんだ?」
ユーリの言葉が終わるか否か、親衛隊は一斉に私たちに飛びかかってきた。警告などではなく、その剣筋は間違いなく私たちを殺す為のものだ。
動きを予想していたユーリがそれを受け止め、ジュディスが真上から槍を叩きつける。
彼らの実力は本物だが、見張りとして置かれているためか人数に少なく、私たち全員でかかれば蹴散らすのにそう時間は要らない。
「やれやれ、ついに騎士団とまともにやり合っちまった。腹くくったそばから幸先いいこった」
「謎の集団って騎士団のことだったんですね」
「でも、なんで僕たちのことを襲ってきたのかな?」
「そりゃあカロル、あれを見たからには生きては帰さない……っていう、よくあるやつじゃない?」
例の魔導器を指さして言うと、カロルはうわあと小さく零した。
そのときだった。視線の先の魔導器の砲身が重い音をたててこちらを向いたのは。
ーーこれは、やばい。
そうは思ったが、向こうのほうが早かった。脳が指示を出すよりも先に、こっちに向かって光弾が射出されたのだ。
「ーー危ないっ!」
エステルが私たちの前に躍り出た瞬間、目前に迫っていた光弾が打ち消されたのだ。まるで強い力にかき消されたように。
自分でもなにが起こったのかわからないというエステル。つまり彼女は無意識にそれをやってのけたのだ。慌ててリタとジュディスが駆け寄って行った。
私もそうしようとしたが、足は前に進まなかった。私の臓腑は何かに押しつぶされるような圧迫感に襲われる。と同時に、口から真っ赤な液体を吐き出し、膝から崩れ落ちた。
「ヘリオードでやったのと同じ……!エステルの力がエアルを制御して分解したのよ!あんたまたそんな無茶して……」
「ご、ごめんなさい。皆が危ないと思ったら力が勝手に……!」
「力が無意識に感情と反応するようになりはじめてるんだわ」
「ね、ねえ!ちょっと皆、ナマエが!」
近くにいたカロルが必死に背中を摩ってくれる。その小さな手は震えていて、私よりも現実になにが起こったのかを理解していた。
「ナマエ!なんでそんな……まさかあの一瞬のエアルの増減に反応して……」
「どういうことなんですかリタ?!もしかしてナマエがこうなったのはわたしのせいなんです?」
私がエアルの増減に敏感な体質だということはリタしか知らない。それもどんどんと症状は悪化している。
ヘルメス式魔導器でなくてもあんな大型魔導器を目の前使われ、満月の子の力で打ち消されたのなら、エアルの消費はそれは大きいものだろう。
「今のはエアル酔いの逆で……ちょっと色々と敏感なだけだから。大丈夫だよエステル」
「私が、力を使ったから……」
「なに言ってるの。そうしなかったら私たち吹っ飛んでたんだから。むしろありがと」
口元を手で拭い立ち上がる。多少視界が揺れるが、この程度なら問題ない。
ただ、またあの兵装魔導器が使われ、エステルが力を働かせてしまったときは保証できないが。
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