「お父、さん……」


 小さく呟いたはずの声は、洞窟内にいやに大きく響いた。
 手に持った魔導器(ブラスティア)は土に汚れているが、それは馴染み深い形をしていた。ただ一つ違うところは石の代わりに本物の紅い魔核(コア)が嵌っているということ。だって、これは


「なんで魔道器がここに?それにどこかで見たことあるような形ね」
「それ、もしかしてナマエの髪飾りと同じ……」


 私の髪飾りは模造品だ。写真の中の母がいつも身につけていた魔道器のーー。
 母が死んでからはずっと父が肌身離さず持っていて、私が立派な大人になったときに譲ってもらう約束だった。
 だからあの日、父と一緒にこれも失われたはずだ、あのブラックホープ号事件が起こったときにーー


「ナマエのつけている髪飾りはたしか……御両親の形見の品、を模しているのでしたよね?」
「じゃあナマエのお父さんはブラックホープ号に乗ってたってこと?」
「そういえばアスピオで、」


 皆の声がどこか遠くに聞こえる。私の身体は冷たい岩壁に体温を奪われてしまったのか、指先からどんどん冷えていく。


「ナマエっ!」


 強く名前を呼ばれて振り返ると、そこには険しい顔をしたユーリがいた。彼に肩を引かれるまま立ち上がり、自分の有り様を確認した。
 爪の間に入り込んだ土。魔道器の落ちていた場所には小さな穴ができている。まるで今そこを掘り返していたように、地面には私の手の跡がしっかりと残っていた。


「わ、たし……いったい、なにを……」


 ここを掘れば父に会えると、無意識にでも思ってしまったのだろうか。
 悲しくはない。涙も出ない。だって父が生きているとは思っていなかったから。むしろ形見の魔道器だけでも見つかったことを喜ぶべきだ。
 なのに私の身体は頭とは違った反応を見せて、自分自身を混乱させる。


「……私はミョルゾの鍵を探すわ。あなたたちはここにいて」
「え、一人で?」
「こんな二人を連れ回す訳にはいかないでしょう?」
「……魔物の気配もねえ。オレたちも行こう。ラピード、ここを頼んだぞ」


 無数の墓の前に残された私とパティとラピード。パティはずっと俯いたままで身動きもせず、彼女が今なにを考えているのかわからない。

 私がただ無責任にアイフリードを信じているという言葉を吐き続けた結果が目の前に広がる状況ならーーもうこれ以上見ていられなくて、私は洞窟を飛び出した。

 砂浜に座り込むと、ちょうど顔の高さにあの赤い花があった。
 並ぶ無数の赤を呆然と眺めていると、一瞬違った光景が目の前に広がった。血に塗れた船上に、たくさんの人や魔物が倒れ伏している景色が。瞬きをひとつすれば、目の前は花の咲き乱れる砂浜に戻ったが、自分の想像力に嫌気がさす。
 そのうちにいつもより鈍い頭痛も襲ってきて、膝に顔を埋めるようにして目を閉じる。


「ごめん、なさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 おびただしい数の墓、おそらくあれはあのときブラックホープ号に乗っていた全員ーー私と墓を作った人間を除いたーーの分だ。
 私にあの日の記憶がないから、パティに甘い希望だけを与えてこんなところへ連れてきてしまった。ひどい話だ。パティは自分の祖父だけでなく、私にまで裏切られたも同然だ。

 そして私は今も、あんなところにパティを一人置いて逃げてきてしまった。
 パティになんて言葉をかければいいのかわからなかった。だけどそれ以上にパティに責められるのが怖かったのだ。

 しばらくそうしていると、ふと背中に誰かの気配を感じた。一瞬パティかと思い肩を揺らしたが、砂を踏みしめる音は子供のものよりずっと重い。
 今は誰の顔も見たくなくて膝により深く顔を埋める。しばらくそうしていれば足音も立ち去ると思ったのだ。だけど足音は私の隣まで近付いてくると、すとんと隣に腰を下ろした。
 私は何も言わなかったし、相手も何も言わなかった。ただ静かに、柔らかい対応が優しく頭を撫でてくれた。


「……レイヴン、なんできたの」


 顔を上げなくても分かった。隣にいるのが誰なのか。こんなことをするのはあの人に似ているレイヴンしかいないと。
 こんなときどうすればいいかわからなくて、だけども目の前にいる子供を放っておけなくてーーそういうところも彼と同じなのだ。


「私、そこまで子供じゃないと思うんだけど」
「おっさん癖になってるのかね、ついナマエちゃん見てるとやっちゃうのよ」
「……そう」


 自然と涙が溢れてきた。まさか自分が泣かせたのかとレイヴンがぎょっとして飛び退いたが、追いかけるようにその胸に飛び込む。
 悲しいわけじゃない。どこか怪我をしたわけでもない。ただただ苦しいのだ。


「……小さいとき大好きだった人に似てるの……レイヴンが」


 羽織を握りしめた私の両手は震えていた。見上げたレイヴンの瞳は憐れみの色を含ませている。
 これから私が紡ぐ言葉は、可哀想な子供の戯言だと思われるのだろうか。それでもこの気持ちを吐き出さずにはいられなかった。


「なんで私なんかにかまうの……そんなに昔面倒を見てた子に似てる?それとも放っておいたら死ぬような子供に見える?」
「ナマエちゃーー」
「わかってる!レイヴンは悪くないってわかってる!……でもだめなの、縋りつきたくなっちゃう、抱きしめてほしくなっちゃう」


 続く言葉が分かったのだろう。レイヴンはそっと目を伏せた。そして、それはある意味で答えでもあった。


「好きだから……一人にしないで、」

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