巨大な身体へと成長したバウルのおかげで私たちは楽にテムザ山を後にすることができた。その巨体にフィエルティア号を提げて空を行くというとんでもない方法だったが、慣れてしまえば嫌いな船旅よりは安心感があった。
 ジュディスは船に上がると同時に疲労が祟り倒れてしまい、翌朝まで私たちは空の旅を過ごすことになる。


「ねえナマエ、魔導器がなくても治癒術が使えるって気づいたのがいつか分かる?」
「え、なにいきなり?正確じゃなくていいならわかるけど」
「いいから答えて」


 船室でジュディスが壊した駆動魔導器の魔核を眺めるリタを眺めていたら、なんの脈絡もなくそんな質問をぶつけられた。
 自覚はなかったが、ユーリたちと出会ってからだ。私がそんな不思議な力に目覚めたのは。


「自覚がなかったって……どれだけ鈍いのよ。ユーリたちと会う前は本当に違ったの?」
「それは確かだよ。私の治癒術は旅に出る前に医療ギルドの人に教えてもらったんだから。さすがにプロが気づかないわけはないでしょ」
「そうね、あんたよりは確かだわ」


 父が私に教えてくれたのは剣技ばかりだった。治癒術は旅の直前に慌てて頭に叩きこんだものだから、いまいち理解できていないところもある。

 けど最近は治癒術を使えば魔導器ではない別のところで力が働いている感覚がある。ユーリに指摘されたときよりずっと強くだ。それに伴いエアルの消費も激しいのか、術を使った後息苦しさに見舞われることもある。
 船室の天井のシミを数えながら私が話していくと、リタはいつになく真剣な顔で私に向き合っていた。


「ユーリたちと会う前に、なんか体質が大きく変わるような出来事とかあったりした?」
「んー?特になかったよ。一ヶ月引きこもってたんだから」
「じゃあその体質になったのはもっと前か、エステルみたいに生まれつき……けどナマエが魔導器なしで治癒術を使えるようになったのは最近のことで、」


 リタが私のことを真剣に考えてくれているというのに、私の頭はどこかぼーっとしていた。めくるめく進んでいく展開に頭がついていってないということもあるかもしれない。だけど本当の理由はもっと別にーー


「前にさ、一度にすごい量のエアルを体に流すと……って話したじゃない」
「まさか思い当たることがあるの?!」
「うん、全くないわけじゃないんだけど……」


 言葉を詰まらせた私からそれ以上無理に聞くつもりはないなか、リタは再び手元の魔核を調べだした。

 わたしからもこれ以上話すことはまだ出来ず、また適当な思考に沈みこんでいく。
 ジュディスはエアルを過剰に消費するヘルメス式魔導器を破壊していた。それはエアルを過敏に感じとる私の体も証明している。
 けど、それと同じようにエステルが治癒術を使ったとき、私は同じような体調不良に見舞われる。最近では自分が治癒術を使ってもそうだ。
 他の皆が魔導器を使ってもそうはならない。そして私とエステルが他の皆と違うところといえば、魔導器なしで治癒術を使えること。つまり私たちの使う治癒術は他よりもエアルの消費が激しいのだ。それこそ始祖の隷長の怒りをかったヘルメス式魔導器のように。


「……リタ、私はフェローのところへは行けない」


 リタから返事はなかった。ただ魔核に触れる指先がほんの一瞬震えていた気がした。



* * *



 翌朝、すっかり回復したジュディスはいろんなことを話してくれた。
 始祖の隷長がエアルを感じとり、調整する役割を担っていること。近頃のエアルの増加が彼らの調整力を上回ってきたこと。聖核は始祖の隷長が体内に取り込んだエアルを長い年月で凝縮し、命を落としたときに結晶となって生まれること。


「……聖核は高濃度エアルの結晶。それが本当から、もし聖核のエネルギーをうまく引き出すことができれば凄まじいパワーを得ることができるわよ、きっと」
「そんな方法があるんです?」
「少なくともあたしは知らない」


 けど聖核を狙っている人間がいる以上、その中の誰かがーーいや、全員かもしれないーー良からぬことを企んでいるのだろう。頭の痛い話だ。
 どうしてはじめから話してくれなかったのかと言うカロルとユーリに、ジュディスは悲しげに頭を振る。


「……あのとき、私たちがヘリオードへ向かったのは、バウルがエアルの乱れを感じたから。エアルの乱れがあるところにヘルメス式魔導器はある。でもそこにいたのは魔導器ではなく人間だった。そんなこと今までなかったのに」


 つまりジュディスにとっても私とエステルの存在は予想外だったらしい。


「何故、バウルがあなたたちをエアルの乱れと感じたか。私は知る必要があったの。私の道を歩むために。そんなとき、フェローが現れた。彼はあなたたちが何者なのか知っているようだった。私の役目はヘルメス式魔導器を破壊すること。だけどあなたたちは魔導器じゃない。だから見極めさせて欲しい……。私は彼にある約束を持ちかけた。彼は私に時間をくれた」
「その約束って……」
「もし消さなければならない存在なら私が……殺す」


 ジュディスが言葉を言い終わるのとリタが彼女に掴みかかろうとするのはほぼ同時だった。慌てて周りが止めに入ったが、当人のジュディスもエステルも、内心はわからないが実に落ち着いた様子だ。
 一方私はといえば、予想していた話の流れとはいえ、こう言葉にして聞くとまた違った衝撃がある。ふらふらとちかくの壁に背中をあずけた。


「ベリウスは言ってたわね、あなたには心があると。フェローにもあなたの心が伝われば、これからどうするべきかわかるかもしれない」


 フェローに会うことを進めるジュディスとは反対に、リタは必死にエステルがフェローと会うことを止めようとしている。
 だけどリタの願いは叶わず、エステルはフェローに会うことを望んだ。
 きちんと話を聞き、自分のことを理解する。それは今の私たちに一番必要なことだ。だけど、


「私は、行けない……」


 情けないとはわかっている。それでも私にはエステルと一緒にフェローに会うという選択が出来なかった。
 砂漠に踏み込むのとは違う。始祖の隷長である彼らは意思をもって世界の敵である者を排除しようとしている。


「ナマエ、」
「ごめんなさい、わかってるから私が弱いんだって。でも無理なの、怖いの。行きたくない……。逃げてるだけだってわかってる。それでも、考えただけで足が竦んで動かなくなるの。私、嫌だ……死にたくない……」


 皆がどんな顔で私を見ているのか知りたくなくて、両手で頭を抱えたままその場に座り込む。顔を上げられるわけがない。皆が私の名前を呼んでいることには気づいたけど、それも自分の泣き声で次第に聞こえなくなっていった。

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