「すべての魔物は退治されるべきなのだ!」


 魔物退治を生業としているだけあって、ティソンとナンの攻撃は数の差があることを感じさせないほどに苛烈だ。おまけに師弟関係だというのだから、息もばっちり合っている。
 ぼさっと突っ立っていると大怪我を負いかねない。

 慣れない攻撃を避けつつ、自らの得物を見やるが、この状況ではため息しか出てこない。
 もともとこのスティレットはいざという時の為にはじめて旅に出る前に拵えたもので、はっきりいって手加減には向いていない。
 草っ原で遭遇するような魔物ならまだしも、カロルの知人の少女に突き立てるにはリスクが高すぎる代物なのだ。


「ねえ、死にたくないなら引いて」
「冗談言わないで!あなたのほうこそ引くなら今よ、魔物を庇うなんてどうかしてる」
「あーあ、せっかくの忠告だったのに……」


 たしかに私は弱い。こんな年下の少女とだって一対一でやり合えば勝てないくらいに。
 だけど今は一対一の真剣勝負などではない、ルールもなにもない実戦の場だ。たとえカロルの知人だろうが、生き残るためならば手段なんて選んでられない。


「どうなっても、知らないから!」


 とはいえ、こちらも無力ではない。本気で彼女の命を奪わなければならないことにはならないだろう。

 ユーリたちが相手取っているティソンと連携されたりしては目障りでしかない。回復術を唱える隙を与えない程度に邪魔をしていれば、彼女も方針を変えたのか武器を片手にこちらに向かってくる。
 ユーリやラピードたちはティソンで手一杯のようだが、それでもこちらにはまだリタとカロルがいる。師匠に比べて未熟な弟子一人には十分だ。


「カロル!魔狩りの剣の掟を忘れたの?!」
「でも、バウルは違う!意味もなく人を傷つけたりしない!」
「何寝ぼけたこと言ってるの?そんなわけないでしょ!」


 すこし腰を落とせば、頭上すれすれを飛んでいく刃にひやりとする。厄介な武器だ。後ろに一歩下がれば、ヒールが小石に弾かれ滑った。


「あ、」
「もらったあ!」


 やばいと思い咄嗟に体を左に逸らした瞬間、先程まで私の胴があった場所には刃が飛んでいき、目の前にはナンが迫っている。
 瞬き一つでもすれば、彼女の片手には武器が戻ってきており、私は地面に転がされてしまう。


「ナマエ!ナン!」


 カロルが誰かの心配そうな悲鳴が聞こえる。ゆったりと首を動かすと、一連の流れで知らぬ間に傷ついたのであろう、赤く染まる右手首が見えた。
 ああ、先程手袋を外さなければこうはならなかったのに。

 ああ、間合いを詰めなければこうはならなかったのにーー。


「だから言ったのに、馬鹿だなあ」


 私を地面に押し倒そうと距離を詰めた彼女に剣を突き立てるのはそう難しいことではない。大男に押さえ込まれても抵抗できるようにと、この武器を選んだのだ。体の薄い少女を貫くことなど容易い。

 剣を伝い落ちてくる彼女の血が自らのものと混ざりあって、ひどく不快な気分にさせてくれる。



* * *



 山の奥地に足を踏み入れると、一目で目に付くものがあった。ジュディスの相棒であるバウルだ。
 幾度か見たことのある巨体は、今は地面に横たわり苦しげな呼吸を繰り返しいた。


「バウルは成長しようとしているの……始祖の隷長としてね」


 その姿にエステルがたまらず駆け出すが、素早くジュディスに腕を掴まれる。


「だめ!」


 バウルは始祖の隷長なのだ。エステルが治癒術を使えばベリウスの時のようなことになってしまうだろう。
 私にも制止するような目が一瞬向けられたが、私はエステルほどのお人好しではない。


「…………怪我を治してあげたくても、何もしてあげられない。あなたにとってわたしの力は毒なんですね」
「傷を癒せるってのがエステルの力じゃないぜ」
「え?」
「ベリウスの言葉、覚えてない?」


 ーー力は己を傲慢にする。だが、そなたは違うようじゃな。他者を慈しむ優しき心を……大切にするのじゃ…。

 ベリウスの言葉が蘇ったのか、エステルは彼女を偲ぶように胸に手を当てた。


「バウルにも伝わっているわ。きっと……あなたの気持ち」


 見守るしかできない時間というのはなんとも長く感じるものだ。
 バウルを包む光がじわりじわりと強くなり、このまま死んでしまうんではないかとすら思えた。そのとき、暖かな光が辺り一面を包み込み、バウルの雄叫びが響き渡った。
 目が正常な働きに戻ったとき、眼前には何倍にも成長した竜の姿があった。
 これまでもジュディスを背に乗せ運んでいたが、今では背に立派な豪邸が建てられそうなほどとなっている。


「どうやら相棒はもう大丈夫なようだな」
「ええ、ありがとう。バウルを守ってくれて……。私だけだと、きっと守りきれなかったわ」


 ジュディスの真っ直ぐな言葉に、私はカロルやパティのように返事をすることができなかった。
 私はバウルを、ジュディスの大切な相棒を守ろうなんて思っていなかった。自分の命を守ることで精一杯だった。

 バウルは先ほどとは打って変わって元気な様子で、エステルの姿を確認するとそれに応えるように吠えた。


「言ったでしょう?ちゃんと伝わってるって」


 照れたように笑うエステルにバウルはおまけとでも言うのか、もう一吠えして自らの健全さを主張していた。


「フェローにも、伝わるかもしれない。……会う?フェローに」


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