キャナリのコンパクトをここに置いていくことは出来ず、私はそれを鞄にしまった。彼女の実家のことなどはよく知らないから届けることはできないが、それでもここに残していくのはあまりに不憫に思えた。

 彼女の仲間たちの遺品もこの近くには落ちているのではないだろうかと思い、簡単にさらってみたが他にはなにも出てこなかった。
 それだけ戦争は激しく、十年という月日は長かったのだろう。コンパクトが綺麗な姿で見つかっただけでも奇跡とも思える。
 でも、やはり彼女が大好きだったあの人の品と一緒にいさせてあげたかった。

 砂だらけになってしまった手袋を外しながら立ち上がると、近くの石に座っていたレイヴンも同じように腰を伸ばした。


「もういいの?」
「うん、なにも見つかりそうにないし。それにあんまり時間かけるとユーリたちに追いつくのも大変そうだから」


 結局私が砂を掘り返している間、レイヴンを付き合わせることになってしまった。


「ごめんね、付き合わせて」
「気になさんなって。おっさんは座ってただけだし。ナマエちゃんの大切な人だったんだろ?」
「うん…………私の、憧れの人」


 そして一番大好きで、いつも遊んでもらっていた人は別にいた。彼の名前はまだ思い出せない。ただどこかレイヴンに似ていたことは覚えている。
 レイヴンの顔をじーっと覗いても、どこが似ていたのかはさっぱりわからないが。


「そんなに見られるとおっさんの顔、さすがに穴があきそうなんだけど」
「いやだな、いくら私でも視線では無理だよ」


 この拳があればわからないけど、なんて冗談が言えるくらいには平常心を取り戻せた。

 私のより一回りは大きな背中を押して、むき出しの岩肌を登っていく。前から喚き声が聞こえたけど、押してあげてるのだから礼ぐらい言ってほしいくらいだ。

 ユーリたちと別れてしばらく経つ。彼らに追いつくには、そもそも目標のジュディスと会うにはあとどれだけこの山を登らなければならないのだろうか。
 出来ることなら中腹ぐらいで勘弁願いたい。

 その願い虚しく、山の中腹どころか八割ほど登ることになった私たち。半分を越えたあたりから私たちの間に会話はない。
 途中、地に倒れ伏した魔狩りの剣のメンバーを見かけたが、素直に放っておいた。ジュディスの竜を狙ってきた奴らだろうし、助ける義理もない。
 そうしてようやくラピードに会え、彼のご主人様の元へ案内してもらえる。


「その魔導器は発掘されたものじゃなく、テムザの街で発掘された新しい技術で作られたもの。ヘルメス式魔導器」


 既にジュディスと会うという目的を達したらしい彼らは、なにやら大事そうな話の最中だった。
 そんなときにわざわざ声をかけるのも躊躇われたので、ジュディスの話を聞く皆に静かに混ざっておく。


「ヘルメス式魔導器は、従来のものよりもエアルを効率よく活動に変換して、魔導器技術の革新になる……はずだった」
「何か問題があったんだな」
「ヘルメス式の術式を施された魔導器はエアルを大量に消費するの。消費されたエアルを補うために各地のエアルクレーネは活動を強め、異常にエアルを放出し始めた」


 ジュディスの話には心当たりがある。
 ラゴウの屋敷で感じた身体の不調、たしかあそこには巨大な魔導器があり、竜使いーージュディスがそれを壊した。
 あの魔導器が他のものよりもエアルの消費が激しかったことを、他でもない私の体が証明している。


「人よりも先にヘルメス式魔導器の危険性に気づいた始祖の隷長は、ヘルメス式魔導器を破壊しはじめた」
「それがやがて大きな戦いとなり、人魔戦争へと発展した……」


 人魔戦争の真相がこんなところで明らかになるなんて。
 おそらくそのヘルメス式魔導器を造った人間はこの山の街にいたのだろう。先ほど通ってきた破壊のかぎりを尽くされた街の残骸を思い出す。


「テムザの街が戦争で滅んで、ヘルメス式魔導器の技術は失われたはずだった……」
「まさか!そのヘルメス式がまだ稼働して……!」


 リタの言葉が途中で遮られ、私に一瞬視線が向けられたことに気づいた人は多くはなかった。リタもおそらく思い出したのだ。私の特異な体質とそれに見舞われていた場所を。


「そう。ラゴウの館、エフミドの丘、ガスファロスト。そして……」
「フィエルティア号の駆動魔導器か」
「交換した駆動魔導器がヘルメス式だったんじゃな」


 ジュディスはパティの言葉に深く頷いた。
 たった一人で世界の為に魔導器を壊し続けてきたジュディスははたから見たら英雄と言われるのだろうか。それとも生活の便を奪った悪党なのだろうか。
 私にはわからないが、目の前にはそんな彼女にはっきりとした怒りを覚えた人間がいる。


「なら!言えばよかったじゃない、どうして話さなかったのよ!一人で世界を救ってるつもり?バカじゃないの?!」


 リタらしからぬ言葉だった。感情をそのまま言葉にのせたかのように、真っ直ぐな気持ちだった。
 その叫びにジュディスはなにも答えない。いや、答えられなかったというのが正しい。ジュディスの返事を待つよりもはやく、山の奥地が光を放ったからだ。


「バウルッ!」


 そこに彼女の大切な相棒である竜がいるのだろう。慌てて駆け寄ろうとしたジュディスの行く手を遮るように、見慣れた円形の刃が飛んでくる。


「どうやら魔物はそこにいるようだな」
「人でありながら魔物を守るなんて理解できない!」


 魔狩りの剣、幹部のお出ましだ。首領が出てこなかっただけありがたいと思うべきなのだろうが、ここで一線交えることになるならどちらにせよ面倒だ。

 情のあるナンの登場にカロルはすこし動揺していたが、自分で考え、自分の意思で彼らと戦うと決め武器をとった。
 ーーやっぱり、カロルは弱くなんてない。

 小さな背中を見つめ、私は自分のためだけに武器を抜いた。

× 戻る ×
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -