テムザ山はコゴール砂漠の北にあるらしい。前回のようにノードポリカを経由するのではなく、手っ取り早く大陸の北に船を着けられる場所を探した。

 運良く見つかった場所は、おそらくあのヨームゲンという街があった付近だと思われるのだが、遠目に見ても街らしきものは見当たらない。
 不思議だとは思ったけれど、今ここでそれを言えばリタに怒られる気がして、黙って皆の後に続く。

 テムザ山は砂漠地帯にあるだけあって、私たちの知っている山とは少しばかり違った。草木が少なくゴツゴツとした地表。
 ずいぶんと多くの人の足跡があるが、ユーリから聞いた話によると"魔狩りの剣"がジュディスーーというよりは、彼女とともにいた竜ーーを狙ってここに来ているらしい。


「騎士団もいるかもな」
「え、どうして騎士団が?」
「フレンも聖核を探してた。魔狩りの剣が聖核を狙ってここに来てるんなら、騎士団も聖核を狙って来てるかもしれない」


 もしその予想が当っていれば最悪なのだが、悪運にだけは恵まれているユーリのことだ。万が一の為にフードを深くかぶる。


「暑くないのか、それ」
「そりゃあ暑いよ。けど面倒事は嫌でしょ?」
「ナマエも大変だね。名前が同じなだけで、騎士団がいる度にフードかぶんなきゃいけないなんて」


 カロルの無邪気な言葉にたじろぐ。あの時は彼らとこれほど長い付き合いになるとは思わず、適当な言葉で誤魔化してしまったが一寸の疑いももたれないと逆に心苦しい。
 自分勝手だとはわかっている。それでも今となってはユーリに事情がばれていて、リタも薄々感づいている。


「あのさカロル……私のお父さん、本当はその人なんだ」
「え、ナマエそれって」
「なーんてね、冗談。ほら、はやく行こ」


 それでも私の口はまた適当を言う。
 この状況で真実を語らないことにどれほどの価値があるのかは分からない。いや本当は分かっているのに分かりたくないだけなのだ。

 戸惑いを隠さないカロルの腕を取り、皆より一足先に山を登ることが、今の私に出来る精一杯だった。


「ねえ、ちょっと来てよ!ここ、なんかすごいよ!」


 すこし山を登れば、この場所の異常さが見えてきた。とても人や自然の力とは思えないような巨大なクレーターが出来ている。
 カロルの慌てた声に集まってきた他の皆も次第にこの光景を目にし、口々にあれやこれやと言う。


「近くで見ると、より酷いな」
「こんなでっかい穴ボコ見たことないのじゃ」
「何かが爆発したあとみたい……」
「爆発って……。こんなことできる魔物なんているの?」


 カロルの言葉を有り得ないと切って捨てるのは簡単だが、フェローやベリウスのような始祖の隷長という存在を知った今となってはそれも躊躇われる。
 そうやって思考の海に飛び込んだ私たちをレイヴンの一言がすくい上げた。


「ああ、その魔物ならとっくに退治されたから」
「退治されたってどういうことです?」
「ここが人魔戦争の、戦場だったってこと」


 心臓を鷲掴みにされたようだった。
 現実にはそんなことなく、通常よりいくらかはやく鼓動を刻み続けている。

 それでも不意に視線が足元へ落ちたのは、亡くなってしまった人達の足取りをすこしでも追おうと思ったからなのだろうか。


「ということは……ここで人と始祖の隷長が戦ったんですね。戦いは人の勝利で終わったが、戦地に赴いた者に生存者はほとんどおらず……その戦争の真実は闇に包まれている。公文書にも詳しいことは書かれていません」


 つまり目の前のクレーターは、始祖の隷長の仕業というわけだ。改めてその力の違いを教えられたようで気分が悪くなる。


「でも、ここが戦場だったって話、聞いたこと無いぜ」
「色々、情報操作されてんのよ。帝国にね。知られたくないことあったんじゃない?」


 随分とレイヴンは饒舌に物事を語る。城の資料庫に忍び込んだ経験のある私の知らないことばかりだ。つまり彼も人魔戦争に参加してたということだろうか。

 ちらりと横目で伺いみるが、普段の様子からはそれを感じらない。視線に気づいたレイヴンはわざとか、ウインクを飛ばしてきたがあえて無視した。

 話を遮るように竜の咆哮が響き渡ったこともあり、ユーリたちは再び足を進め出した。
 私もそれに続こうとしたが、すこし離れたところに光を反射して輝くなにかが目に入った。普段なら無視して進むであろうそれが嫌に気になって、皆に一声かけるよりもはやく体が動いていた。


「あ、ちょっとナマエちゃん!どこ行くのよ」


 わざわざ私を追いかけてきてくれたレイヴンの言葉に返事をすることもなく、土煙に汚れたそれを拾い上げる。服の裾で汚れを拭うと、小奇麗な細工が姿を表した。


「それ……」
「これの持ち主を知ってるの、レイヴン?」
「いんや、綺麗なコンパクトだなって」
「……そう。私は知ってる……だって、これの持ち主は」


 私はこのコンパクトを知っている。だって私の大好きな人が、これを胸に抱いて嬉しそうに笑っていたから。
 あんなに優しくしてもらったのに、大好きだったのに、辛くて悲しくて全部忘れたくて、遂には名前も忘れてしまった私への罰だろうか。このコンパクトを見てると涙が溢れてきて止まってくれない。


「ごめん、なさい……ごめんなさいキャナリ……………」


 彼女の宝物だったコンパクトがここにあるということは、彼女はここで果てたのだろう。
 これさえなければ彼女がどこかで生きている希望を見出せたのに。

 私の憧れた彼女の凛とした立ち姿が、今はとても遠くに見える。

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