ーードンが死んだ。
 ハリーが先走った結果、ベリウスが死んだのだから、こうなるのは当然とも言える。だけど理屈と感情はまた別だ。ダングレストは火が消えたかのように静まり返っている。

 特にドンに憧れ、ドンのようになることを夢見ていたカロルはひどく憔悴していた。
 慌てて駆けつけてきたらしい親父さんも、表情をなくしていてかける言葉もない。


「私、怖い」


 自宅であるはずの工房に居心地の悪さを感じ抜け出た先で、エステルと合流した。ドンとの交流は数えるほどだった彼女たちも、ああもまじまじと見せつけられてしまった今、顔色が良くない。
 そしてなんとなく隣に並び、なんとなく言葉を零した。


「ドンってすごく強かったから、何があっても死なないって勝手に思ってた。けど人って死ぬんだよね」
「そう、ですね。人は……私たちもいつかは必ず死にます」
「それを思い出した途端、怖くなっちゃった。結界の外に出るの。体が震えてしょうがないや」
「ナマエ……」


 死というものは突然、人の命を奪っていく。そんな当たり前のことを今の今まで忘れていた。知っているつもりだったけど、長い刻が本当の意味を霞ませていた。
 もともと私は強くない。それを無理矢理奮い立たせて結界の外を旅していたに過ぎない。

 私の震える肩を、エステルが抱きしめてくれたけど、震えはおさまるどころかひどくなっていく。


「エステルは死なないでね」
「それは、」


 私の望む答えをエステルはくれなかった。
 結界の外を旅する以上、絶対の安全はない。ましてや彼女が追っているのはフェローというとてつもない脅威なのだから。

 エステルの腕の中から離れてすぐ、どこかへ行っていたユーリが現れた。良すぎるタイミングに普段ならなにか言うのだろうが、今日はとてもそういう気にはなれない。


「ナマエもいたのか」
「うん。親父さんも口にはしないけど落ち込んでて、私がいていい雰囲気じゃなかったから」
「傍にいなくてよかったのか?」


 ユーリの言葉に乾いた笑い声が出た。私は親父さんと呼んでいるし、親父さんも私のことを娘のように思ってくれているけど、本当の親子ではない。踏み入ってはいけない領域だってある。


「ボーイアンガール、ナイストゥミートゥユー?」
「イエガー……!」


 静まり返った空気に相応しくない声が響き渡る。
 いつの間にかイエガーとその護衛の少女二人がこちらに近づいてきていた。


「よく顔出せたな。喧嘩の種まいといて」
「喧嘩の種を?ナンノコトデスカ?」


 戦士の殿堂を襲撃すると最終的に判断したのはユニオンだ。だけどそうなるように仕向け、情報を流し、煽ったのは他の誰でもないイエガー本人のはず。
 いい度胸だとユーリが口の中で呟いたのが聞こえた。


「……今日はやめまショウ。ドンがお亡くなりになったのです。オトムライが大ナッスィンです。本当に惜しいミスター、亡くしましたデス」
「おまえらの狙いはなんだ?ドンを消して、ユニオンを掌握しようってのか?」
「ノンノン。確かにドンがいなくなってビジネスはイージーになりましたが……」


 どこからともなくイエガーが取り出した赤い花束。
 私の奥底に眠った懐かしい記憶を呼び覚ますそれを見つめていると、後ろのイエガーがにっこりと笑ってその一輪を差し出した。


「プレゼントデース」
「え、でも……いや、」
「キュートなガールにプレゼントするプロミスなので、気にしないでくださーい」
「は、はあ……」


 よく意味は分からないが、とりあえず受け取っておく。貰った花から漂う懐かしい香りに頬を緩ませると、イエガーは満足したのか私から離れた。
 どうやら本当に今の彼に敵意はないようだ。


「……ドンの前で無粋な真似はしたくねえ。オレの気が変わらないうちに消えろ」
「ミーもドンの死を悼む気持ちは同じデース。今日のところはシーユー」


 現れたときと同じように二人の少女を連れて去っていくイエガー。

 自ら陥れた相手に、彼は何を語るのだろうか。すまなかったと詫びるのか、それともざまあみろと嘲るのか。私はそのどちらでもない気がする。


「さあ、もう行こうぜ」


 ユーリに促され、私とエステルは街の出口に足を向ける。
 結界の外に行くのは怖い。だけどパティという手掛かりを逃せば、私は永遠に真実から遠ざかってしまいそうで。

 結局、恐怖に打ち勝ったというよりは、考えることすら放棄して、今ある波に流されているだけなのだ。

 街の出口でリタとパティと合流する。リタはエアルクレーネの調査、ユーリとエステルはジュディスに会いにテムザ山へ。パティと私はアイフリードの宝を探しつつ、皆に着いて行く。

 船が出航する直前で、慌ててカロルも飛び乗ってきた。ドンの死に衝撃を受けていたが、そこから立ち直り自らの今やるべきことを決めたようだ。
 そしていつの間にか船に乗り込んでいたレイヴンを加え、フィエルティア号は出航する。

 いつも通り船室に引きこもった私は、イエガーに渡された花を花瓶に活けていた。イエガー自身がどうであれ、花に罪はない。一輪だけというのは寂しいが、まともに面倒を見る人間のいないここではすぐに枯れるだろう。


「あれ、その花……」
「レイヴン、この花知ってるの?意外だね」
「キルタンサスの花でしょ。騎士団の古い友人が好きな花なのよ。よく部屋に飾ったりしてたもんだから」


 レイヴンに騎士団の友人がいたのかと驚いたが、神出鬼没な彼の行動を思い返すとさほど不思議ではなかった。
 にやにやとした顔で誰に貰ったのかとしつこく聞いてくる様に呆れつつ、素直にイエガーの名前を口に出す。


「なんかそういう約束だからとかなんとか言って……」
「約束ねえ。ナマエちゃん嬉しそうだけど、まさかイエガーとそういう」
「違うから。ただちょっと昔のこと思い出して」


 昔、この花は私の憧れだった。正確にはいつもこの花を貰っている人が憧れだったのだけど。


「いつか私もこの花を貰えるようにって思ってたから、すこしだけ……ね」

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