「ナマエちゃん、ちょっと目が赤いけど青年と痴話喧嘩でもした?」
「いやだ、なんで私がユーリと痴話喧嘩しなきゃいけないのよ。目にゴミが入ったの」


 甲板に上がってすぐの場所に、レイヴンとハリーの姿があった。ハリーは膝を抱えて座り込み、その顔は拗ねているようにも、泣きそうなようにも見える。
 彼は率先してベリウスを狩ろうとしていたのに、一体どういうことか。私の視線に気づいたのか、レイヴンが肩をすくめながら教えてくれた。


「このバカが、海凶の爪に偽情報掴まされて先走っちまったのよ」
「海凶の爪ってことはまたイエガーね。そのせいでこんなことに……」
「ドンの盟友が魔物に捕まってるって聞けば、助けなきゃって思うだろ!しかもその魔物が聖核まで持ってると言われたら……」


 ハリーが強い口調で泣き叫んだ。ドンの孫として期待され、その期待に応えようと彼なり頑張った結果がこれだったのか。
 それでも彼は情報の真偽の確認を怠った。自分に期待だけする周囲に流されてしまったのだ。


「これからどうなるんだろうね。平気そうに見えたけど、ユーリもちょっとおかしかったし……」
「ナマエちゃんはパティちゃんとアイフリードのお宝を探してるんだっけ?」
「まあ、そうだけど…………レイヴンも大丈夫?マンタイクあたりからちょっと無理してない?それにダングレストに帰ったらきっと、」


 それ以上の言葉はレイヴン自身に止められ、紡ぐことが出来なかった。
 血には血の制裁を。ギルドの一統領を死なせてしまったのだ。これから起こる騒動を考えると一番辛いのはこの二人のはず。


「おっさんのこと心配してくれてるなら大丈夫よ。全然平気」
「べ、別にレイヴンが心配なわけじゃ……昔の知り合いに似てるからちょっと心配なだけで……」
「はいはい。ナマエちゃんはもう寝たら?夜更かしは美容の大敵って言うでしょ?」
「ちょ、押さないでよ!」


 ついさっきそこから出てきた扉に無理矢理押し込まれる。
 私は知らず知らずにレイヴンの触れられたくないところに触れてしまったのだろうか。最近になって気づいたけど、レイヴンは私たちと一緒にいてもどこか遠くを見てることがある。
 その先が気になって、ついつい深入りしてしまったらしい。私らしくもない。

 他の皆のことも気になるけど、もう一度甲板に出る気にはなれなかった。大人しくベッドに潜り込み、静かに夜が明けるのを待つ。



* * *



 リタのおかげで船が動かせるようになった朝、一先ずダングレストにベリウスの最期の願いを叶えに行くことに決まった。
 ドンはアイフリードと付き合いがあったようだし、私とパティにとっても都合がいい。ただそう話している間もずっと、カロルたちはジュディスのことが気になってしかたないという顔をしていた。

 すこしぶりのダングレスト。前回のときほど長旅に出ていたわけではないので、緋色の空を見ても懐かしさを感じたりはしない。
 ただそれでも気分が落ち着くのは、私が思っている以上にここに情がわいてるのだろう。


「うち、この街に来たことがあるのじゃ……多分……」


 街の風景に既視感を覚えるパティ。さっそくユーリたちと一旦の別れを告げ、彼女の記憶の断片を探す為、街の住人に聞き込みに向かう。
 マンタイクのときのように揉め事になっては大変だし、昔私が聞き込みをしたときも大した収穫もなかったので、あくまでついでだ。
 本来の目的は街を回って、パティが何か一つでもアイフリードのことを思い出してくれることだ。


「ナマエ姐、あそこはなんじゃ!」
「あそこは酒場だけど……気になるの?」
「うーむ。なにか惹かれるものがあるようなないような……」


 ふらふらと酒場へ向かうパティの首根っこを引っ捕まえる。聞いた私が馬鹿だった。多分というかおそらく絶対あそこにパティは記憶の手がかりはない。

 そうやって街中を練り歩いても、大した収穫はない。
 落胆する気持ちを隠しきれずにいると、なんだか街の外が騒がしくなってきた。橋の上には武装した男たちが集まっている。


「賑やかじゃの。お祭りかの?」
「いや、これは……もしかしてもう戦士の殿堂の人たちが……?」


 話し声の聞こえる位置まで近づいてみると、戦士の殿堂の人間は既にヘリオードの辺りまで来ているらしい。そして今、街にドンはいない。それを聞いて相手方がどうでるか、ひょっとしたら暴走するかもしれない。それを皆心配しているのだ。
 このままでは戦士の殿堂とユニオンで戦争が起きかねない。

 私はその人だかりをただぼーっと見つめていた。戦争になることは避けなければならない。そのためにはドンが、ドンの命が必要だ。
 そこまで分かっていて、争いを止める為に周囲の人間を諭そうとも、ドンを探そうとも思わない。
 ただ事の成り行きを静かに見守っていた。

 そのせいだろう。隣にいるはずの人物がいなくなっていたことに気づいたのは、大分後になってからだった。

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